急にパフェが食べたくなった人にせがまれ喫茶店へ。


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2学期ほとんど登校しなかったせいで出席日数はギリギリ。
でも優しい先生方やお友達に助けられ、3学期は皆勤すると宣言した。


初めての子育ては、分からないことだらけで
たぶんいっぱい間違ってきたと思う。親として。
でもその度、答えを教えてくれたのはムスメだった。


自分の昔を振り返ってみる。
おじいちゃんが死んだ時、進路を決めた時、結婚する時。
ただ漫然と皆がしているからというのではなく、一度立ち止まってなぜ?と考えた。
自分のことは一つ一つちゃんと自分で考えて決めるんだと、思っていた。
なのに子どものこととなると、まるで彼女には意志などないかのように ついあれこれと口出ししてしまう。

「こうすれば間違いないから」
「あなたはこうするべきだ」

そんなのどこにも保証はないのにね。


ゆうべ観た映画『フットルース』で ハッとした台詞があった。


"If we don't start trusting our children,
how will they ever become trustworthy?"

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(我々が子どもを信じて自由にさせてあげなければ、
彼らはどうして信頼に値する人間になれるだろうか?)


「不登校」の子が親に突きつけたものは、なんだったんだろう。
子どもに現れる数々の症状は、何を訴えていたんだろう。
今や36人に1人が不登校であるという。
それはいったい何を示しているのか。



さんざん悩んで私なりに出した結論はこうだ。


これは、子ども個々の問題ではなく、学校教育だけの問題でもなく
その枠を超えた社会全体の問題だということ。


経済の成長を最大の目的にした社会が、システムに馴化し己の身を呈して働く労働者を欲する企業を生み、企業に奉仕するためのロボットを生産する場が学校教育になっているということ。


こうした非人間的な学校教育に、登校拒否の子どもたちは危険を察し「NO」と言っているのではないか。
(子ども自身は明確に学校教育にアンチテーゼをもってやっているという意識はないと思うが)


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だから学校が終わればこの問題は終わるわけでは、決してない。
社会を変えない限り、永遠に続くのだ。
過労死は、その最悪の結果だと私は思う。


そう、みんな「つながっている」。


私自身この「システムの価値観」にどっぷり浸かっていたんだなと、ムスメは気づかせてくれた。
が、この価値観を変えることは容易ではないのも事実。
子どもがまた学校に行き始めたことにホッとしている自分がいることが、何よりの証拠だ。





子どもが幸せでない国は、必ずその国の政治(社会)に問題がある。
戦いはこれからも続くのです。





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ムスメの中間考査が終わったので、久しぶりに夜二人で歩いた。


部活のこと、学校への通学の最短ルートを発見した話、最近パパがうざったくて仕方ないこと、でもあまり邪険にしてもかわいそうだから頑張って付き合ってあげてること(苦笑)etc、etc…。


どこの大学に行きたいか、将来はどうしたいのかという話もする。
子どもと大事な話をしたい時は、面と向かって対座して話すより「ながら」がいい。
その方が子どもも 気安く口を割ってくれる。
歩きながら、洗濯物をたたみながら、庭いじりをしながら…など。


こないだのウォーキングのテーマは「哲学について」だった。
自分の子と哲学の話をする日が来るとは。
いっちょまえに自説をぶってるムスメと、15年前「はでぶ〜」とヨダレを垂らしながら便器につかまり立ちしていたムスメの姿が重なって、ニヤけてしまった。





きっかけは、この本。


「自分て誰なんだろうとかさー、よく思うんだけど、みんなに聞いてもへ?って返されるんだよね」「こういうのって人間が作った世界じゃん?それが宇宙から見るとどう見えるんだろうとか」


珍しく私が「あおちゃんがうちの子で本当によかったって思ってるよ」などと言ったことから、この父と母の元に生まれてきた自分という人間、それを取り巻くもの、幸せだという感情などの話に移行し、いつの間にか哲学っぽい話になったわけだが。


私は日常に土をいじっているので、いろんな虫や植物を見ているから分かるが、人間の目でなく、昆虫や植物目線で見た自然の世界ってのはビックリするようなものがあるんだよと。
昆虫だって、狩猟採集、農業、牧畜、建築、恋愛、奴隷制やカースト制、寄生や戦争や子育てに関する亜社会性がある。
人間だけが頭脳があり生産的な高度な生活をしているのだと思ったら大間違い、この本読んでごらん、うちにあるから、と勧めたのが↓





哲学の話に戻るが、私がサルトルにハマったのが中2の時。
厨二病とはよく言ったもんで、この辺の年齢で必ず通る道なのかもしれない。




うちにあるのは古い方の本。
ある日突然「実存主義を理解した!」と感じ、でもそれを誰にも言えず、心の友である日記に書き留めておいた、なんてことも話したり。



「ひらめき」からなぜかドラッグの話になり、大麻取締法の歴史や最近有罪判決になった元女優さんのこと、大麻自体は自然に生えているもので古代から人間の暮らしに溶け込んできた植物なので禁止されるものでも何でもないという私の持論、何ならタバコや酒のほうがよっぽど危険である!という主張も聞いてもらう。



「◯◯(高校名)のお母さんで、大麻についてこれだけ語れる人って、他にいないと思うよ」と言われた。


これはホメラレタ、と解釈して良いんだよね。








ノーマルタイヤに変えた次の日に雪が降った。
まだ夜は零下。春は近いようで遠い。
チューリップも おっかなびっくり芽を出し始めたが、あまりの寒さに「うそずら!?」と思っているに違いない。





高校のオリエンテーション日。

ムスメの入る高校は、「校則」というものがほぼない。
行動規範やルールを決めるのは いわゆる「学生自治」


ここでは、「何かがしたい」を思ったコトを、やる気さえあれば実行にうつすことができる。
一人一人に多くの権利が認められている。
と同時に、多くの責任をも伴う。

そんな自由な活動を支えるのが 自治の精神を写した3つの機関。
「自治」とはなんぞや…!?

生徒会から新1年生に向けて配られた資料には、
 “3年間の中で、様々な人と関わり、様々な経験をするなかで、自分なりの◯◯高校の「自治」のあるべき姿を考えていってください。
そしてみなさん一人ひとりの手で最高の◯◯高校を!”


スバラシイ。


自分たちのことは自分たちで決める。先生は何も決めてくれない。
なので、生徒会というものが重要な役割を果たすことになる。


まず議案は議案書としてまとめられ、評議会→HR討議→生徒大会とすすんでいく。
生徒大会は最高議決機関であり、国で言うところの国会に当たる。
そこで生徒会会員は、議案提案者に意見を出したり質問したりできる。
学年問わず、いろいろな人と議論を交わす。
その上で多数決をして議案を可決するかしないかを決定する。


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高校生にもできることが なぜうちの職場ではできないんだろう。
「アレしてくれない」「コレしてくれない」と文句を言うだけの指示待ち人間に この学校の自治の意味が理解できるだろうか。


あ、いけない。楽しい高校生活の話だった。


ムスメはこの高校に入ると決まったとたんに髪色を少し明るく染め(ほとんど気づかれない程度)毎日ナチュラルメイクをして(おい!)出かけていく。塾と、必要物品の買い出しと、思い出作りと…とけっこう忙しいようだ。


高校デビューするのもいいが、やることはやれよと修造にも釘を刺されていた。
ムスメ自身も、勉強すればするほど選択肢が広がるってことが 今回の受験を通して何となくだが理解できたようなので特に心配はしていないがね。


まぁでも勉強はもちろんなんだが、この時期にしかできないことを思う存分やろう。
青春は一度きりしかないんだもの。
思い切りアオハルをライドしたっていいんじゃないか、と母は思うわけです。






ムスメと二人で、合格発表を見に受験した高校へ。


二人ともほぼダメだろうと思いこんでいたので、足取りは重く。
それでも、しっかり目に焼き付けておくことは大事だと言い聞かせつつ。


ああ、暗澹たる気持ちで高校への道を歩いていた今朝のムスメに言ってあげたい。
急いで行きなさい、皆あなたにおめでとうを言うために待ってるよ!と。





ビリギャルムスメ、合格しました。


思い起こせば数ヶ月前、見たこともないような偏差値を見せられ、ショックで一瞬気絶しかけた私。それからの日々は、ネットにさらに制限をかけ、環境を整え、教材を見直し、常に目を光らせながら受験勉強に集中させた。


親も必死だったけれど、ムスメもそうだったらしい。
友達はそんな姿を知っていて「頑張ってたもんね!」と言ってくれた。
その優秀なお友達に「一緒に⚪︎⚪︎高校に行こうね」と言われていたムスメ。
正直、かなりキビシイのではと思っていた。
それでも志望校は変えなかった。
ほほう、チャレンジ精神は旺盛。ならば、意思を尊重しよう、と。


今日のムスメのラインには、おめでとうが溢れている。
でも、残念な結果になった子も当然いるわけで、それを考えると「素直に喜べないの…」と。


そうだね。でもこれが受験というもの。
何回かその壁に当たる道を あなたは歩き始めた。
今日の嬉しかったという気持ちを忘れないで欲しい。


もう土壇場であたふたしないために、春休み中から掛け持ちで塾に通わせることにしたが、塾費のあまりの高さに驚いている。やはり高校受験とは違うなあ。


私にできることは、、、、稼ぐことくらいか。
はああああ。



まぁ、いいや。
とりあえずムスメ、おめでとう!










義務教育、本日修了。
遠くに行く人、残る人。大好きな友達と別れ、皆それぞれのステージへ。


多感な時期を過ごした3年間。
私が子育てで初めてつまずき、苦悩した時間でもあった。
部活動、塾通い、いじめ、委員会活動、初めての彼氏、恋、友情、2度の海外留学、挫折、ぶち当たった壁、そして受験…。


正直1年生の頃などは学校にも思うところはあったけれど、学校生活後半は級友にも恵まれ楽しく過ごせたようだ。特に進路についてはムスメの意思を尊重し、チャレンジさせて下さった担任の先生に感謝しかない。


今日受け取ったムスメからの手紙。
「親孝行なんてちっともできてなくて、何かで喜ばせてあげれなくて、今これを書きながらも自分ってダメだなぁって思います」と書いてあったけれど、それはおそらく成績のことかな?(笑)


ママはね、どんなにアホでも、生意気で親の言うことなんてこれっぽちも聞かなくても、あおちゃんのことが世界一好きだよ。
君のことをいつも気にかけてるし、ママの生活は君を中心に回っているんだ。ウザイって言われるから言わないけど。
それにね、親孝行して欲しいなんて全然思ってないよ。(5歳までの可愛さで親孝行は終わってるしね)


20数億人いる世界中の子どもたちの中で、あおちゃんがうちに生まれてきたこと、本当に感謝してる。15年間、大した病気もせず無事大きく育ってくれてありがとう。


スマホのこと、添加物や犯罪、目に見えないもの、一見無害に見えるけど有害なもの、子どもたちをないがしろにする法律や政策。ちょっと話が大きくなったけれど、あなたはまだ未成年。知識も未熟だし、まだ私たちの保護下にある人間なんです。遠ざけてあげたいものが、まだ多い。だからパパもママも少し口うるさくなるのです。


『子育て四訓』


1. 乳児はしっかり肌を離すな。(乳児=満1歳未満)
2. 幼児は肌を離せ、手を離すな。(幼児=満1歳〜小学校入学前まで)
3. 少年は手を離せ、目を離すな。(少年=小学校入学時〜満18歳) 
4. 青年は目を離せ、心を離すな。


幼児の頃はこちらが手を離したくてもあおちゃんは離してくれなかった。
今は、親より友達。とにかく親の傘下にいることを拒絶するお年頃。
寂しいけれど、ちゃんと成長してるなぁって頼もしく感じてるよ。
あなたは性格上、大まかな道は外さないし、無茶なことはしないってことママ分かってます。メディアリテラシーもその年にしては感心するくらいちゃんとしていることも。


高校生になっても、目は離さないよ。
気にかけてないわけではないです。ちゃんと見てる。
あおちゃんしかいないんだもの。ママたちにはあなたしかいないんだ。
だから多少親バカになったり、溺愛ゆえ干渉しすぎる点も多々あるかもしれないけど、大目に見て下さい。
あなたをちゃんとした大人にする責任が私たちにはあるのだから。


長くなりました。
15年間一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしく。毎日ママとハグしてね。
今日は胸がいっぱいです。ただそれだけ。