熊本の地震が起きてから数日。
思うように情報が得られず、もんもんとしている。





安否確認のメールでさえ、現地にとってみれば迷惑かもしれず
私に今出来ることは何かをよく考えてみた結果、わが家の防災グッズ(特に食料など)の見直しをすべきだと。


この地震が今までの地震と違うことは、ちらほら報道されているが
「中央構造線」という言葉が このところあちこちで聞かれている。


ここ松本は、諏訪を通るその中央構造線のすぐ近くであり、糸魚川ー静岡構造線とも重なって、いつ大地震が起きてもおかしくない地域だ。(そりゃそうだよね。これだけ山があるんだから)


この家は、何かあればおそらく南東側に傾いてへしゃげるだろうと修造が言うので
防災品一式は、2階の西の部屋に置いてある。


そこに3メートルくらいの大きな机が壁に寄せて設置してあるので
その下の空間を、水や食料のストック場所にしている。


非常食を選ぶポイントは、

・普段でも食べられる
・好みに合うもの
・冷めても美味しいもの
・鍋1個で作れる
・調味料などは、普段使っているもの



基本的に、電気・ガスがなくても、お湯は沸かせることを前提に考えている
そのためには水はきっちり用意しとかんといけないけどね。
被災当初は、おそらく冷たいものばかりになると思うが、これも精神的に2日が限度だと思うんで。


非常食は、賞味期限がだいたい半年〜1年のものが多いので
半年に1回は、必ず見直して
賞味期限の切れそうなものは食べ、また新しく補充しておく…
というのをやったほうがいいですわね。←やってないけど




しかし、熊本での地震が、余震を含めすでに400回を超えているというのに
川内原発を止めようとしない政府は、本当に頭がおかしいとしか思えませんね。










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福寿草も咲き、春の訪れを予感させるニュースもあちこちで目にします。
が、今日も我が家の水道の凍結防止ヒーターはONになっており、今日も寒いんだぞということを朝から知らせてくれました。
しかし朝の空気感は、ネパールのそれと同じなんだよなぁマツモトって。(オットも同じことを言ってました)何を隠そうこれが移住の決め手になったんですけれどね。


そんな中ワタクシは、年度末で何かと慌ただしく過ごしています。
寒い寒いと言ってばかりもいられません。今のうちにやらなければいけないことが、山ほどあるのです。
といっても仕事ではなく、大体「土」関係、ですがね(苦笑)。

庭のセシウム入り枯葉の掃除(まだやっていなかった)、花壇の整備、畑の土おこしと雑草抜き。
これらをきちんとやっておかないと、春を迎えられません。


             futaba2.jpg


さて、と。
それとは別に、朝起きてから寝るまで常に頭の中にあって、ここ何ヶ月間は四六時中そのことを気にし、生活しているもう1人の自分がいます。
喉に刺さった魚の小骨のように、胸につっかえていつも頭から離れない。
私と同じような人は、全国にたくさんいることでしょう。
そう、地震です。


私が住んでいる地域は牛伏寺断層の真上にあり、いつ大地震が発生してもおかしくありません。
原発にも囲まれています。
ひとたび大地震が起きれば、原発は崩壊するでしょう。何もなくても小さな事故は日常茶飯事ですから。
フクシマで起きている出来事は、ヒトゴトなんかではないのです。


防災準備をするのと並行して、家の中の片付けも少しずつですがしています。
この古家が倒壊するしないは別にしても、家の中のスペースを使わない物や不要な物たちで占領してしまっては、いざと言う時に困ると思うからです。
何がどこにあるか、ちゃんと把握していたい。
押し入れの奥の、何が入っているか分からないようなダンボール箱は、すべて中身を選定し、処分したり透明なケースに入れ替えたり。
それと、地震のあとは家の中のものがすべて床に散らばることを考えると、なるべく物は少なくしておきたいという思いもあります。
1ヶ月は何とか生き延びれるように、備蓄しておかざるを得ないものもたくさんあります。
ただでさえ普段より荷物は多くなりますからね。
必要な物と不要な物を明確にし、不要な物は思い切って処分する。
そして必要な物は、決まった場所に(家族にも周知する)置き、常に在庫をチェックしておく。(味噌や水や米などは使いながら足しているので)


今、防災リストを作っているところです。


中でも靴は、足を守るための道具としても大切なものですが、ムスメの足の成長が早すぎて、持っている靴のほとんどが小さくて履けないということに気づきました。
慌てて靴屋に走り、合う靴を購入。いざという時に履けない靴ばかりではどうしようもないですもの。


そういうこともあって、我が家の靴の収納棚を再度チェック&整理整頓しました。

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下駄箱が小さすぎて入り切らないので、廊下に設置したエレクターシェルフにそのまま置いているのですが、これはあまりいい収納法ではありません。
なんせホコリで靴が・・・(泣)
いつもキレイにしていればいいのでしょうが、なかなかそこまで手が回らず。
やっぱりケースに入れたほうがいいのかなと思い、IKEAで買った激安のシューズボックスに入れてみました。

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・・・うーん。いいのか悪いのか分からない(苦笑)。
4個で300円くらいでした。失敗だとしても惜しくない金額ではありますが。
しばらくはこれで試してみます。

でも子供の靴は、盲点でした。
みなさま子の靴のサイズアウトには気をつけてーーー。(うちくらいか

突然ですが、地震対策していますか?

太陽フレアが最大級とか、HAARPが大きく振れてきたとか、大地震がいつ起きても不思議じゃないデータが出ているようです。確かに確率からいっても、何百年に一度というXデーはとっくに過ぎていますからね。
私の住む町は大きな断層の真上にあるので、何か起こったときは被害も相当なものになると覚悟しています。
なので、今やるべきことは備えと対策。

対策としては、うちは築30年の古家ですから、大きく揺れれば1階がつぶれる危険が高い。なので、2階に寝ています。目が覚めたら天国だった…なんてシャレになりませんからな。
倒れたら困るような大きな家具は、モトからありゃしないので問題はないのですが、この家で何かの下敷きになると考えられるのは本、くらいかなー。その瞬間に壁一面の本棚の部屋に居たら、致命傷になるので要注意ですかね。本は重いですから。
あと家にあるもので、つぶれて壊れたり破損したりして困るものは、きちんと保管しといたほうが良さそうですね。でも私の場合、それに該当するものって何だろう?と考えた時、何も思い浮かびませんでした (・・;)
なくなって困る…というより悲しいモノは、やっぱり思い出に関するモノです。
高価なイスとか大事な食器などはまた買えばいい。でも、家族で撮った写真や、子どもにもらったプレゼントや、大事な人からの手紙なんかがなくなっちゃうのはツライなぁ。

そして、備え。
例えば米、水、塩、味噌、昆布などの基本食材を多めにストックしておき、1週間くらいは配給がなくてもムスメが生き延びれるようにしたいと考えています。乾パンとかより、温かいインスタント味噌汁のほうが絶対嬉しいと思うので、それも多めに。湯を沸かせる道具も必要ですね。カセットコンロは便利ですが、カセットガスボンベが意外と消費が早いので、それをストックしておくのも大変ですよね。それを考えると、昔旅していた時よく使っていたロシア製のストーヴは灯油もホワイトガソリンも使えるからいいかなぁとか。いろいろ考えてます。
オットに話すと、傘とエマージェンシーシートで火を起こせるとか、松本は太陽の光が強いから日中はいくらでも火起こせるだろ…きっとヒマだしなどと返してくるので軽くイラッとします。庭でテント張ってラーメン作ってるオットの姿が想像できます。現実はほんとこんな感じなのでしょうね。まさにサバイバルです。

トイレットペーパーやティッシュペーパーは、普通の生活なら、なくても全然平気なのだけれど、水がないとなるとやっぱり必要かしら。トイレが流れないのは困りますね。水は飲む以外にもいろいろ使いますから、各自である程度は確保しといたほうが良さそうです。うちは一応常に風呂に水を張ってありますが、それ以外にも外に雨水タンクがあり(庭の水撒き用)いざと言う時は何かに使えるかもしれません。

というように、普段は物品をストックする習慣のない我が家も、少しずつですが、災害に備えて準備をしています。でもこれが苦痛で…(苦笑)。「モノを買いだめする」という行為をしたことがないので、少しの罪悪感と、もったいない感と、また持ち物を増やしてしまったという無念感(違うんですけどね)がどーしても払拭できず。
万全の準備をしている人からしたら「アホちゃうか」ってな感じでしょうけど。^^

まぁでもこれから信州は本格的に寒くなりますから、暖房のない体育館のような所で寝ることを考えると、必要なものが何かは自然と分かってきます。1に防寒、2に防寒です。とにかく寒いのはイヤですからっ。
今日、使い捨てカイロを箱買いしました。これも生まれて初めての経験だなァ。



「てんでんこ」とは、「手に手に」に接尾語「こ」が付いた東北地方の方言。
「てんでんばらばらに」という意味です。
「津波が来たら、肉親に構わず、各自てんでんばらばらに高台へ逃げろ」という東北は三陸地方に伝わる津波防災伝承の一つです。

2011年3月11日。
この「津波てんでんこ」を基に、4階建て校舎がすべて水没したにもかかわらず、登校していた生徒全員が助かった学校があります。岩手県釜石市立釜石東中学校、通称東中
あの地震が起きた時、東中の生徒たちは、教師からの指示を待たずに各自1.5キロ離れた峠まで走って逃げました。結果、全員無事でした。たくさんの親が亡くなってしまったけれども、少なくとも子どもたちは助かった。この学校は、平均週1時間を防災教育に充て、年3回避難訓練を行っていたそうです。


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その反対に、児童の大半を津波で失った学校もあります。
宮城県石巻市立……そう、大川小学校です。
大川小……。この名前を聞くだけで、胸がしめつけられる思いです。
児童108名中70名が死亡。4名が行方不明(9月23日現在)。
どうして?なぜ?大川小の子どもたちが助かる道はなかったの?ーーいつも自問自答しています。
私と同じ思いの人たちは、日本中にいるはず。
私たちはこれからどうすればいいのでしょう。
この子たちの死を無駄にするわけにはいかない。残された私たちが考えなくてはいけないことがきっとあるはずなのです。

私なりに集めた情報をまとめてみます。

(1)小学校のあった土地は、津波の危険を感じにくい土地だった。
 ・海から3キロ離れている。
 ・県が2004年に策定した第3次地震被害想定調査による津波浸水予測図では、津波は来ない地域とされていた。
 ・そのため町の避難場所に指定されていた。
 ・校舎で津波が見えない位置だった。

(2)避難開始まで30~40分間のタイムロスがあった。
 ・児童を校庭に集合させ、点呼を行った。
 ・迎えに来た保護者に児童を引き渡す際、名簿の照合や点呼に時間がかかった。
 ・放送機器が使用不能となり、教師が校舎内を回って校舎内や体育館に逃げ遅れた児童がいないことを確認。(教諭の話)
 ・避難開始までの30分間、教師と地元住民が避難先について揉めていた。その間児童は待機していた。

(3)逃げる方向を誤った。
 ・三角地帯(周囲の堤防より少し高くなっている地点)か裏山かで、大人の間で意見が分かれた。
 ・裏山は急斜面で残雪もあり登りにくい状況だった。(?)
 ・余震もあり裏山は倒木の危険もあると判断された。
 ・お年寄りもいて登りにくいから三角地帯に逃げようということで意見がまとまった。

地震発生から約50分後ようやく子どもたちは、三角地帯と呼ばれる周囲の堤防より少し小高くなっている地点を目指し歩き始めました。巨大な津波が襲ったのはその直後だったそうです。




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そしてまた岩手県釜石市のこと。
この市内の小中学生の避難率は100%近くで、ほぼ全員が無事だったといいます。
このことを調査した群馬大学の片岡教授によると、
「市内の児童・生徒は地震発生時、下校の直前で教室にいた。児童・生徒らは警報と同時に、避難を開始し、各学校はあらかじめ決めていた徒歩5~10分の近くの高台にそれぞれ避難した。ところが高台から市内に押し寄せる津波の勢いをみて、さらに後背地の高台に移動した。この間、中学生が不安がる小学生を誘導し、迅速に避難したという。」産経ニュース 2011.3.16の記事より)

「家族や家が心配だったけど、無意識に高い方に走って逃げた」(釜石小6年生)
釜石市が危機意識の刷り込みを子供たちに徹底してきた成果でしょう。

岩手県大船渡市の海沿いの越喜来(おきらい)小学校
「津波が来た時に子どもが1階に下りていたら間に合わない。2階から直接道に出たほうが早い」と、校舎2階とがけの上の道路をつなぐ津波避難用のスロープを設置させた市議がいました。名前は平田武さん。
地震直後、計71人の児童は、このスロープを使ってがけの上に出て、直ちに高台へ向かうことができました。
遠藤耕生副校長(49)「地震発生から津波が来るまではあっという間だった。非常通路のおかげで児童たちの避難時間が大幅に短縮された」

ここでも現場の大人の判断、子どもたちの危機意識の高さが伺えます。
岩手日報の元記事が削除されてしまったみたいなので、かいつまんだところだけ。
   ↓   ↓   ↓

通常は揺れが収まってから避難するが、今回はあまりにも揺れる時間が長すぎた。
細心の注意を払いながら、揺れている間に避難を開始した。

大津希梨さん(4年)は「大きな揺れのときにしゃがみ、小さい揺れのときに急ぎ足で逃げた。
揺れが止まるのを待っていたら波にのまれたかもしれない」と振り返る。

大きな揺れに泣きだす子もいたが、昨年整備した県道との連絡通路などを使って避難。
校舎を破壊する津波の猛威に危険を感じ、南区公民館からさらに背後の山に登らせた。

遠藤耕生副校長は「津波到達まで30分ないと想定すると、
揺れが収まってからでは間に合わないと思った。校舎が壊れることも考えた」と説明する。



子どもたちの命を救ったスロープを提案した平田武市議は、震災の9日前に亡くなったそうです。
本当の政治家というのは、この方のような人を指すのでしょうね。
子どもたちの目線で、安全を考えてくれてありがとう。



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子どもと親が離れている時間は、子どもが大きくなればなるほど長くなります。
もし子どもが学校にいる時間に大地震が襲ったとしたら・・・?

まず子どもの通う学校の校舎の耐震性を把握しておく。
普段自分の子どもは何階にいるのか、避難経路はどうなっているか?を、参観日にでもコソコソと(あ、別にコソコソしなくてもいいでつね)チェックして歩く。そのための参観日ですものね♪(え?違う?)
子どもの命を預ける(かもしれない)担任の先生と、教頭・校長先生の顔はじっくり見ておく。
いざという時マニュアルに縛られず、適確な判断ができる人なのかどうか、校長講話などを通して見定めておくのもテ。その際「安心」「安全」を連呼する人なら要注意。
学校の災害対策マニュアルに目を通しておく。
子どもには、命てんでんこ(ここは津波はなさそうなので)を常日頃から言い聞かせておく。
つい「センセイの言うことを良く聞いて…」などと言ってしまいそうになるが、例外もあることをしっかり付け足して言っておく。
上履きは、割れたガラスを踏んでも痛くなさそうな頑丈なものを。
フリフリやスカートなど、動きにくい、もしくはいかにもケガをしそうな服装はさせない。
冷静沈着に(無理か)行動すること。無駄にわめいたり騒いだり泣き叫んだりしない。
お友達も大事だが、まず自分のことを優先に。生きていればまた会える。お母さんは何日かかっても必ず迎えに行くからそれまでシャンとしていること。小さい子が泣いていたら助けてあげること。お母さんが来たら、その時初めて思い切り泣いていいこと。………etc、etc。




やはり自分の子どもが普段どういう環境にいるのか把握しておくことは大事ですね。
私、さっぱり知らないもんで(大汗)。

それと釜石市の話を知って「避難訓練って大事なんだなぁ」と思いました。
いつもは、かったりィーなぁーと思いながら参加していた訓練ですが、次からは本気出していこうと思います。
命、てんでんこ、ですよっ!



DSCF2380.jpg最近のムスメと私のブーム=モケケ人形♪



タイトルの言葉は誰が言ったか知らないけれど、言い得て妙だなァと。
ご心配下さったみなさん、地震にも負けずざざむしはしぶとく生きております。
まだまだ弱き者のために闘う所存でおりますのでご安心をっ!


今朝8:16分頃、私はもう職場に着いていて、さぁ仕事始めようかと思ったその時いきなり
ドスン!!

最初、自衛隊の戦車かなんかが建物に激突したのかと思いました。いやマジで。
みんなで一瞬顔を見合わせた次の瞬間
ガラガラガッシャーン!!

もうね、立ってられないほどの揺れ。5秒くらいですけど。
その直後、頭の斜め上にあったエアコンのダクト?のカバー(100×80cmくらいのスチール製)が、思いっきり落ちてきました。(直下にいた女の子は素早く避けて無事)
それと、コンピュータたちがドカドカ床に落ちました。
スチールの大きな棚が、ぜんぶ15cmずつ動いてました。
休憩室の電子レンジが、床にダイブしてました。
1階の壁に亀裂が入ったそうです。

窓から外を見たら、家々の屋根瓦の一部が落ちていたり、塀が倒れていたり。

震度5強ということでした。

松本市には近い将来、直下型の大地震の発生が予測されている牛伏寺(ごふくじ)断層が走っていまして、今回被害が大きかったのは、少し離れた、でも断層に沿った細長い地域全域。

その後何度も突き上げられるような揺れがあり、生きた心地がしませんでした。

地震って、コワイ。コワイコワイ。この世で一番コワイ!

今日一日心臓はバクバクし、アドレナリンが大量に血液中に放出してました。
来たか?来たか!?キターーーーーー!!の繰り返し。
こんな日々、一日だってもう我慢の限界。
でも東北地方の人は、今でもこういう余震に怯えながら暮らしているのですよね。


今回の地震で分かったこと。

1つ目は地震直後から昼過ぎまで、情報が乏しすぎてビックリした件。
テレビで速報は出たけれど、どの辺が震源地でどの程度の被害状況なのかは、しばらく分からず。
余震の続く中、早めにお昼休憩をとりテレビを見たら、どこも松本の地震のニュースはやっておらず、1チャンネルだけテロップで被害状況を流していただけでした。いつもの娯楽番組が、東京がいかに酷暑だったかを大げさに言っていたり、あとは芸能人のお買い物とか。ホントどーでもいい。

地元のテレビ局は、少しでいいから市内の映像を流せよ!と思いました。
中央の番組をカットして編集すりゃいいだろーよ。
死人が出なかったから過小評価されたんだとか、ド田舎の松本なんてどーでもいいんですよとか、松本が壊滅しようが都会の人にとっては千秋のIKEAロケの方が大事なんスよとか、若い子たちはスネてました。こっちは命張ってんのに。


2つ目は、小学校の危機管理対策。(大げさ)
同僚のケータイには、地震後15分くらいに小学校からの保護者への一斉メールが届いていました。
児童にはケガ人はいないので安心して欲しいこと、本日は予定を変更して何時何分に集団下校とします、ということ。
でもね、うちのムスメの通う学校からは、何の連絡もなし。
確かに、ムスメの学校は揺れがさほど強くなかったらしいが、それでも全員が校庭に避難したらしい(今ムスメから聞いた情報によりますと)そして下校時間は予定より早まって、各下校グループ毎に教師が一人ずつ付き添って下校したんだと。
・・・・・これ、私ひとつも知らされていないんですけどー。

一部の母親は学校まで様子を見に来たっていうけれど、子どもの親が、みんながみんな日中家に居るわけじゃないじゃない。
うちみたいに、被害の大きい地域に職場があって、市内の被害状況がよく分からないという身では、子どもが無事か一刻も早く知りたいわけよ。でも日頃学校側は「学校に電話するな」という姿勢なので、親としては電話するのも躊躇するし、第一しばらくは肝心の電話はつながらなかった。(メールは比較的早く送受信できた)
私の場合は、幸いオットが小学校の近くに居たので、メールで現地の様子を確認できた。それで、ムスメの居るところは震度4くらいで特に被害はないことが分かったのだけれど、これ、オットが居なかったら私にどうやって安心して仕事せいっちゅーの。

同僚の子どもが通う小学校は、例えば不審者情報なども即一斉メールで保護者に回してくれるのだと。
だから仕事を早めに切り上げてお迎えに行こうと思えば行けるし、重要なお知らせがタイムリーに直接学校から届くので、ホント便利ですよー♪と。
東京の小学校ならこんなの当たり前かもしれませんね。
これ、校長先生にちょっと進言してみます。



あ、あとね、こんなにあちこちで地震が続くニッポン列島には、
やっぱり原子力発電所は作るべきではありませんぜ!(←確信)