PMSがらみの頭痛がとれず、日に3度もロキソニンを飲む(こんなことかつてなかった)くらいのコンデションの悪さ。


それでも行かなければ…。
帰省 → 父の墓参り → ムスメを迎えに成田空港の予定。


ムスメがいるならともかく、修造と二人での帰省は気が重い。←
このスケジュールに何か…何か楽しいことを加えなければ死ぬ!と考えた結果


そうだ!
アフリカンアートミュージアムに行こう!


ずっと行きたいと思ってた。(なかなかないから。アフリカ関連のミュージアムは)
八ヶ岳山麓だからちょうど通り道だし。ちょうどいい機会じゃん♪



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AFRICAN ARTMUSEUM


あいにくの台風日だったが、そんなことはお構いなし。
3ヶ月に1度くらいの割合で来るアフリカ熱は 台風にも打ち勝つんす。


ひとことで言えば、素晴らしかったです。(*≧∪≦)


そこにあるマスクや彫像が 当時のアフリカの人たちが身につけることで 
神に変わる その神秘的な空気感をまさに感じて 少しブルッとなった。


オリジナルの迫力がすごい…。


左右対象の隙のないデザインとはまったく違う
無骨で 荒削りで どこかしら歪んでいて
でも なんとも言えぬ味わいのあるプリミティブなアフリカンアート。


展示品に無数に使われている子安貝を見つつ、私はここから生まれたのかな?と。
諸星大二郎のマッドメン(あれはパプアニューギニアだが)をなぜか思い出しながら、アフリカの人も昔から神とともにあったんだなあと思う。


このミュージアム、2階から雑木林が見渡せるんだが
下草もキレイに刈ってあって(けっこう大変だと思う)すごく素敵な景色だった。
撮りたかったけど、さすがに遠慮しました。
すべてに行き届いていて、良かったなあ。また行きたい。



アフリカ大陸で過ごした12ヶ月間は、私の人生の中で、最も心を揺さぶられた(いろんな意味で)日々だった。
あれから20年近く経つが、アフリカの熱はまだ私の中に残っている。
本当に不思議だー。
なんでだー。アフリカー。


というワケで



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買っちゃいました。
ほぼ衝動買い(汗)



お土産品としてのアフリカンマスク。
しかも定番のプレプレ。
20年前頃の作品だとか。
これを居間のあそこに飾るんだぁ。フランス人みたいにね。




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ネパールの山で遭難しかかった…という話を書いたら、次の日にネパールでM7.8の大地震が起きた。
震源はカトマンズとポカラの中間地点だと。
エベレストで雪崩も起きているらしい。


ダルバール広場近くの友人たちは無事か。
情報が少ない中、朝から晩まで必死に集めているけれど、起きると被害者が1000人単位で増えていて絶望的な気持になる。



日本の震災の時、ネパールは助けてくれた。
アジア最貧国のネパールが、毛布を送ってくれたことを私たちは忘れていない。
今度は私たちが助けてあげる番だ。


私に何が出来るか。
直接動けない私にできる一番いい支援方法は、民間レベルで動いている規模の小さな国際NGO団体に寄付をすること、か。


東日本大震災の時、赤十字など大きな団体に集められた莫大な寄付金が、本当に支援が必要なところに行き渡らなかったという問題があった。お金が集まって人が動くことなので、中間マージンやら経費やらで、大きな団体ほど速やかに動けないという事情もある。
その点現地での細かいネットワークを持つ国際NGO団体なら、小回りがきくから、私たちの援助が直接素早い救助活動につながる可能性が高い。
地震からすでに48時間が経った。とにかく、こういうのは時間との戦いだ。


大好きなネパール。
昔さんざんお世話になったネパール。
1日も早く、ネパールに平穏な日々が訪れますように。









先日、ネパールのトレッキングで遭難しかけた…という話をしたので、写真を探してみたらあったあった。


カトマンズからルクラを経て、ソルクーンプ方面への長期間のトレッキングを計画していた私たち。目的地はエベレストBC。
が、ディンボチェ(標高4350m)からトゥクラ(同4620m)に向かう途中の山腹道で、トレイルを見失い、道なき雪斜面を下ったり登ったりして、道を探すハメになり、靴はずぶ濡れ、体はクタクタで、暗くなった夕方6時半にようやくトゥクラの宿にたどり着いたのだ。
あん時は本当に


死ぬかと思った。


この時私は神に誓った。
もう二度と、4000m以上の山には登らない、と。


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(当時の日記より)

…道らしい道はない。雪をかきわけ、泥で足をすくわれながら歩く。ズボンのすそはグチャグチャ。靴もびっしょりで冷たい。
行けども行けども、トゥクラらしい村は見当たらず。山で陽がかげってきた。4800m。川を渡ってトゥクラのはずが、川ははるか下のほう。いつになったら下るのだ。3時間くらい歩く。テキストには2時間で着くと書いてある。迷った!?確かに人の足跡はある。が、雪はどんどん深くなる。喉はカラカラ。少し頭がボーッとしてきた。

と、はるか下の方に集落が!「Hello!Come on!」と人が叫んでいる。
あそこか!? でも、あそこにたどり着くのはどうすればいい!?
時刻は4時…。あと少しで真っ暗になる。が、道がないのだ。本当にどうする!?

30度くらいの崖を降りる決心をする。(引き返して道を探す気力はもうなかった)
尻をついて、ストックで滑り降りる。下は腿までの積雪。川まで這っていく。10mくらいの幅の川。しかも、流れが速い。
足場のいい石を選んで渡るしかない。が、石の表面が凍っていて、かなり滑る。流されたら終わり。修造の唇が真っ青だ。「とにかく何か着よう」岩の上で上着を着る。修造は「指の感覚がない」と。
チベット(中国側)のエベレストBCでトレッキング中、凍傷になって足を切断した日本人の話が頭をよぎる。…まずいな。一刻も早く村に着かねば。このままだと二人で遭難してしまう。……次第に焦る。

とにかく!渡るしかない!人間死ぬ気になれば何でもできる!!!

神は乗り越えられる試練しか与えない!(仁か!?南方仁か?)


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遅れがちな私を「ここだよー!見える?」と、修造が導く。もうすでに真っ暗。日明かりで足元は見える。ふだんなら絶対怖くて降りられないような崖も、全く怖くない。怖いのは、死。「オム、マニ、ペニ、フム!お父さんお母さん、神様!」となんども祈りながら歩く。ここでは私はチベット仏教徒だ。

2時間ほど、2、3個山を登っては降り登っては降りしながら、遠くに道が見えた時、安堵の涙がボロボロ出た。7時。ようやく薄明かりのついた宿に着く。
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靴下とズボンのすそは、ガチガチに凍っていた。修造の指もどうやら大丈夫。湯をもらい、日本の煎茶をがぶ飲みする。
びしょ濡れの靴を、ストーブで3時間かけて乾かした。
ホッとしたら急に寒くなってきた。ここは4800mらしい。富士山て高さどのくらいだっけ?体の芯まで冷える。インナーシュラフとシュラフにくるまって寝た。

とにかく命は助かった。チベットの神様、ありがとう!
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このコースは、例年ならもっと足場は良くて、さほど難しいルートでもなかった。
装備はそれなりにしていたけれど、あくまでも「トレッキング」のノリだった私。
旅ではいろいろ怖い思いはしたけれど、これもそのうちの一つ。
あの急流を、大きいリュックを背負ったまま渡った時が一番怖かったな。
いい経験になりましたわ。


山は、遠くからああきれいだなーと思いながら見るだけにしておこう。
大げさなタイトルだけど、楽勝だと言われエベレストに行ったらちょっと雪が深くてビビっちゃった…というお話でした。












バオバブの木を初めて見た時、「おおっー!」と思った。
根っこごと引き抜いて逆さまにしたような、とてもユニークな形をしていたから。
「星の王子さま」を読んでイメージしてた木とは、まったく違う。
あの本では確か、星を占拠する悪い木として描かれていたように思うが、目の前のそれは、何とも間抜けな形をした、それでいてどこか神秘的な雰囲気を漂わせた不思議な光景だったっけ。



知らない人のために、マダガスカルはここ↓です。 (写真はこちらから拝借しました→
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マダガスカルで思い出すのは、所々の宿でホットシャワーが使えたのがとてもありがたかったこと。
全身に謎の発疹が出て、かゆくて大変だったこと。(これは結局マラリア予防薬のパルドリンという薬の副作用ではないかと判断し、服用を一時中断した)
イサロ国立公園に行く途中の草原で、何万匹というバッタの大群に遭遇したこと。(空が見えないほどの!)
フランスで廃車になったようなプジョーが、ここではまだ現役だったこと。(乗客の“押しがけ”で発車。なんじゃそりゃ)
絶滅が危惧されているマダガスカルにしかいない原猿(アイアイと言えば分かるかな)が、ペットとして普通に飼われていたこと。(私もなでなでさせてもらったww)
バニラビーンズがめちゃうまだったこと。
夫が、滞在の間ほとんど体調がすぐれなかったのでホテルで寝ていることが多く、そのおかげで私は一人で楽しく観光でき、危うく夫を忘れてマダガスカルを発つところだったこと。(おい!)



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首都のアンタナナリボに降りた時、この国はいったいどれだけ貧乏なのだろうと思ってしまった。
服はボロ(破れてないのなんてない!)約3割の人は靴も履いていない。
ランプの下に人がいっぱい座っていて、ゴミだらけでー。


当時持っていたロンリープラネットを見たら、GNPは210$と書いてあった。マリより低いんかー!とびっくりしたっけ。


でもあちこちで人の親切に触れた。
何度「ミサウトゥラ!」(現地語で「ありがとう」の意)と言ったか分からない。
マダガスカルからジンバブエに戻る途中で書いた日記。↓



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6月某日。晴れ。ハラレへ。


イサロのトレッキングでガイドしてくれたブパール、別れ際「I don't forget(フォルゲットと言った) you」の言葉に泣けた。いつもキレイに掃除してくれたH.Menabeのお姉さん、プジョーでホテルまで迎えに来てくれたおじさん、好き勝手やらせてくれたH.le Zomaの人たち、タナの階段のところで、いつも太鼓叩いてた盲目のおじいさん(最後にお布施した)、毎日通っていつも美味しい料理を出してくれたアンチラベのベトナム料理店、安価で思い荷物ともども乗せて運んでくれたプシュプシュのおじさん、夜中着いた我々を、ホテルまで連れていってくれたおじさん、文句言わずに重いリュックを屋根に載せたりしてくれたバスのおじさん、…。
マダガスカルに幸あれ!と、祈らずにはいられない。


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そうそう、なぜ急にマダガスカルを思い出したかと言うと、
今読んでる本がこれなのだが↓
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『サバイバル登山家』服部文祥(みすず書房/2006年)

この方、野性的でかなりカッコイイんですけど(笑)プロフィールを読むと、’98年頃マダガスカルを周遊してたらしい。
私がマダガスカルに居たのもちょうどその年!
ただそれだけだっつー。(勝手に親近感)







「空白の5マイル」という本を読んでいるんだけど、これは中国領チベットのツァンポー峡谷を踏破した探検家の記録なんだけど、ものすごく面白いんです。


そして最近分かったんだけど、私は「探検」とか「冒険」とか「人類未踏」という単語にどうも弱いらしい。
温泉に興味はないが、「秘湯」とあるだけで「行かねばっ!」という気になるのも、そこから来てたんだなと。


そういう私なので、こういう本を見つけたら即買いですわ。



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マグライトが野犬に勝った…というのは本当かもしれないけれど、実際幾度も狂犬病に冒されてそうな激しい動きの怪しい野犬に襲われそうになった経験を持つ私としては、「…そうだったのか。」という感じだった。
あの時は、棒切れ1本で、徹底抗戦したからなぁ。(ちょっと盛ってます)


この中で共感したのは、「シャワーキャップ」。
カメラのレンズの雨よけ、食品のラップ代わり、虫の採集、催涙ガスからの護身用。
これ、めちゃめちゃ使えるじゃん!
……ま、どれも私には使う機会がない用途だが。(爆)


p.68の「ガスマスクバッグ」もいいね。私も持ってるよ!
旅行中にこれを持ってる人がいて、いいなー♪と羨ましくなり、帰国してから上野のミリタリーショップを探し回り、手に入れたっつー。
今じゃホコリかぶって部屋の隅に追いやられているけど、頑丈でいざという時に使えると思い、大事にとってある。
(この場合いざという時というのは・・・・サーセン。思い浮かびませんでした


世界一周に出る時、1gでも荷物を軽くしたい中で、持って行くべきか行かぬべきか迷う物って結構あったんだよね。


例えば、バンドエイド。
例えば、爪切り。
例えば、ハンカチやタオル。
例えば、ポケットティッシュ。・・・・などなど。


結論から言えば、上に書いたもの全部、要りませんでした。


中でも「ティッシュペーパー」
今の生活では、なくては困るものの一つだけど、旅行中はまったく使わなかった。
鼻をかむ時も、口紅を落とす時も、鼻血を止める時も、トイレの時も。
まったく使わない。驚くほど必要なかった。(苦笑)。
結局、日本から持っていったポケットティッシュを、そのまま持ち帰った。
次に旅に出る時は、きっとティッシュは持っていかないだろう。


その代わりと言っちゃナンだが、飛行機の機内やたまに入ったレストランで手に入る紙ナプキンの類は、きちんとたたんでポケットに頂いていた。
これは、食べ物をもらった時に包んだり、水の少ないところで自炊した後に鍋を拭くのに使ったり、けっこう重宝したから。
ティッシュペーパーだと、ダメなのよ。紙ナプキンじゃなきゃ。
だから、もし持っていくなら紙ナプキンをオススメします。



物に囲まれた暮らしをしていると、つい忘れてしまうけど、
生きていくのに必要なモノなんて、ほんの少ししかないんだと



・・・ローションティッシュで鼻をかみながら、そんなことを思う今日この頃。