観光ぽいことも書いておこう。
ヤンゴンで唯一行ったのが、シュエダゴォン・パヤー




ここはムスメの解説で回った。
なんでも乃木坂48のナントカ飛鳥ちゃんという子がミャンマーの血を引くハーフであるらしく、ロケでここも訪れたとか。
バラエティーから得た、にわか知識。
「ここからは靴を脱ぐ!」とか「自分の生まれ曜日が大切なんだよ!」とか「ママ自分の曜日も知らないのっ⁉︎ ミャンマーに来てるのにっ⁉︎ 信じらんなーい!」とか。
タメにはなるけど 少々うるさい。


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自分の曜日である「木曜日」の守護神にお参りするムスメ。(手前)
年齢+1の数だけ水をかける。
ムスメが水をかけ始めたら、遠慮して遠巻きに見ていた外国人旅行者も同じようにやりだした。


ミャンマーの伝統歴は「八曜日」であり、ミャンマーの人にとっては、何日に生まれたかより何曜日に生まれたかのほうが重要なのだ。
曜日によって、性格や人生、相性なども決まるという。
結婚もこれに左右されるのかな、もしかして。


ちなみに私の曜日は「金曜日」。「方角は「北」、星は「金星」。動物は「もぐら」。……もぐらかい!


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湖畔に沿う高級ホテルもいいけれど、やっぱり私はこんな庶民が暮らしている通り沿いの宿がいいかなぁ。


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ちなみにこれが地元の人も行く、ミャンマーの普通の食堂のメニュー。


おかずは出来ているので、ケースに入っているものを指差して選ぶ。
めしのはんだや(注:仙台人のソウルフード)を彷彿とさせるシステム。
これなら安心だねっ。
得体の知れないものについては、これは何であるか?と尋ねれば、親切なミャンマー人が超聞き取りにくい英語で教えてくれます。


カレー(主食)とサブジ(←インドか)を1品ずつ選ぶ。
3人で6品選んで、これが全部当たり!
てか、ミャンマー美味しい!
イギリス統治だったから期待してなかったけどレベル高いよ、うん。
でも大体辛いから要注意〜。
(インゲンだと思って食べたらトウガラシで火ィ吹いた)




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ミャンマーみやげは、これだけ。
成田から実家に寄りながら帰ってきたので、そこでカワイイお土産は渡してしまった。漆器のミニ小物入れとか。




右上のはビルマ語のTシャツとコットンのパンツ。
修造が、旅に出ると現地語のTシャツを必ず買うのだ。
ビルマ語は、丸っこくて、まるで視力検査のランドルト環のよう。とてもカワイイ。でもまったく(勘でも)読めない。


お菓子類は職場用に。
ボージョーアウンサンマーケットがなんと!クローズだったので、仕方なく向かいのおしゃれなデパートで買い物をした。個包装になっており、味もなかなか、だった。好評だったのでホッ。


左下の漆器のお盆は、バガンの寺院の土産物屋で。
家に帰って、鍵とかケータイとかをドサドサっと置くのに使っている、修造が。
うちは実用品しか買わない(笑)。


Royalと書いてあるのは、ミャンマーティー。
これは旅の思い出に。
美味しいし、飲むたび、ミャンマーを思い出すの。




機内泊で帰国した日に法事の用事を入れたため、極度の疲労で全員ダウン。
私だけは次の日から仕事だったので、気合で出勤した。


ムスメが、旅行中に私が罹患した咽頭炎がうつったのか、高熱を出してなんと入院。
ミャンマー帰りだと言ったらかかりつけ医に、検査センターのある大きな病院に行ったほうがいいと言われ、救急で診てもらった。結局ただの咽頭炎だったけれど、食べられないし、炎症反応が高いので入院をすすめられて今に至る。
今はもう回復に向かっているので、心配はないけれど、大変だったわぁ。
このスケジュールを組んだ修造に◯意を抱いた。
来年は、私が段取りをする!






ミャンマー初旅行。
初めての国はいいな。ワックワクすっぞ。





直航便にて成田→ヤンゴン2泊→国内便→バガン3泊→ヤンゴン経由で成田着。

ヤンゴンのカンドジーパレスホテル(The Kandawgyi Palace Hotel)の植栽が素晴らしかったので 今日はそれのみを紹介する。
そんなヤツ誰もいねえだろ。


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ホテルの部屋のバルコニーからカンドージ湖を眺めたところ。


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中庭。
庭師が毎日手入れをしているので 下草までキレイ。


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雨季のせいでもないだろうが、植物がみな生き生きしている。ぜんぶ大株。
配置もいい。このガーデンをデザインした人天才。はらたいらに3000点。


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私が結構気に入ったグリーン。
ここはプールサイドのバー。
寄るとこんな感じ↓


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これ1個1個ポットに入ってるんですよぉーー。
そんでもって毎日1個ずつ丁寧にジョウロで水やりしてるんですスタッフが。
軽く100個はありますからね。
その人に3000チャットあげたいくらいです。(そんだけかい)1000チャット≒100円


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朝食をとるレストランから見える風景。
ムスメが「恐竜がいる」と言い、いるわけないだろと言ったのだが本当にいた。


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こういうバカデカイ鉢に南国風の植物がこんもり植えてあり、要所要所に配置されている。緑と茶色のコントラストは無敵。


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プールサイドの大木に絡まる謎のつる性植物。
またこれが葉っぱがデカイのよ。


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プール。
日中は暑すぎて、外歩きはきついので、時々こうして水に浸かりに来る。
ここでコンチネンタルな軽食をオーダーし、チェアに寝そべっていたら、もう日本であくせく働きたくねーなと思った。「ここ天国ちゃう?」




ま、帰国してすでにあくせく働いているわけですが・・・(汗)。
今日は疲れたのでここまで。
最後に 電池が切れる寸前のカメラで撮ったムスメの奇跡の1枚。


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PMSがらみの頭痛がとれず、日に3度もロキソニンを飲む(こんなことかつてなかった)くらいのコンデションの悪さ。


それでも行かなければ…。
帰省 → 父の墓参り → ムスメを迎えに成田空港の予定。


ムスメがいるならともかく、修造と二人での帰省は気が重い。←
このスケジュールに何か…何か楽しいことを加えなければ死ぬ!と考えた結果


そうだ!
アフリカンアートミュージアムに行こう!


ずっと行きたいと思ってた。(なかなかないから。アフリカ関連のミュージアムは)
八ヶ岳山麓だからちょうど通り道だし。ちょうどいい機会じゃん♪



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AFRICAN ARTMUSEUM


あいにくの台風日だったが、そんなことはお構いなし。
3ヶ月に1度くらいの割合で来るアフリカ熱は 台風にも打ち勝つんす。


ひとことで言えば、素晴らしかったです。(*≧∪≦)


そこにあるマスクや彫像が 当時のアフリカの人たちが身につけることで 
神に変わる その神秘的な空気感をまさに感じて 少しブルッとなった。


オリジナルの迫力がすごい…。


左右対象の隙のないデザインとはまったく違う
無骨で 荒削りで どこかしら歪んでいて
でも なんとも言えぬ味わいのあるプリミティブなアフリカンアート。


展示品に無数に使われている子安貝を見つつ、私はここから生まれたのかな?と。
諸星大二郎のマッドメン(あれはパプアニューギニアだが)をなぜか思い出しながら、アフリカの人も昔から神とともにあったんだなあと思う。


このミュージアム、2階から雑木林が見渡せるんだが
下草もキレイに刈ってあって(けっこう大変だと思う)すごく素敵な景色だった。
撮りたかったけど、さすがに遠慮しました。
すべてに行き届いていて、良かったなあ。また行きたい。



アフリカ大陸で過ごした12ヶ月間は、私の人生の中で、最も心を揺さぶられた(いろんな意味で)日々だった。
あれから20年近く経つが、アフリカの熱はまだ私の中に残っている。
本当に不思議だー。
なんでだー。アフリカー。


というワケで



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買っちゃいました。
ほぼ衝動買い(汗)



お土産品としてのアフリカンマスク。
しかも定番のプレプレ。
20年前頃の作品だとか。
これを居間のあそこに飾るんだぁ。フランス人みたいにね。








ネパールの山で遭難しかかった…という話を書いたら、次の日にネパールでM7.8の大地震が起きた。
震源はカトマンズとポカラの中間地点だと。
エベレストで雪崩も起きているらしい。


ダルバール広場近くの友人たちは無事か。
情報が少ない中、朝から晩まで必死に集めているけれど、起きると被害者が1000人単位で増えていて絶望的な気持になる。



日本の震災の時、ネパールは助けてくれた。
アジア最貧国のネパールが、毛布を送ってくれたことを私たちは忘れていない。
今度は私たちが助けてあげる番だ。


私に何が出来るか。
直接動けない私にできる一番いい支援方法は、民間レベルで動いている規模の小さな国際NGO団体に寄付をすること、か。


東日本大震災の時、赤十字など大きな団体に集められた莫大な寄付金が、本当に支援が必要なところに行き渡らなかったという問題があった。お金が集まって人が動くことなので、中間マージンやら経費やらで、大きな団体ほど速やかに動けないという事情もある。
その点現地での細かいネットワークを持つ国際NGO団体なら、小回りがきくから、私たちの援助が直接素早い救助活動につながる可能性が高い。
地震からすでに48時間が経った。とにかく、こういうのは時間との戦いだ。


大好きなネパール。
昔さんざんお世話になったネパール。
1日も早く、ネパールに平穏な日々が訪れますように。