子どもたちの声を聞こう。
まず最初は、11歳のバーク・ベア君から。
彼はたった11歳ですが、我々の食料システムは間違っていると指摘しています。
その上で、自分が何をしたらいいか、今後どうしていくべきかを簡潔に分かりやすく述べています。




日本語訳付きの映像はこちら↓
http://www.ted.com/talks/lang/ja/birke_baehr_what_s_wrong_with_our_food_system.html



お次は、中学1年生の書いた作文を紹介します。
福島第一原発事故をキッカケに、原発が電気を起こしている仕組みから、発電コスト、原発と地震の関係、内部被ばくのことなど、自分自身で本やネットで調べたり、取材したことをまとめています。
原発がないと電力が足りなくなると未だに思っている方、中1の子どもでさえ、自分で調べようと思えばすぐに事実に行き着くのです。
情報をあまりにも「人任せ」にし過ぎてはいませんか?


中1が書いた作文「原発はいるか、いらないか」
http://blog.goo.ne.jp/banbiblog/e/3566551d49fc28b5dfcb648912e28ef7

(引用元:バンビの独り言)



次は、福島の子どもたちの「思い」です。
「いつになったらほうしゃのうは、なくなりますか?僕は大人になれますか?」
「わたしはふつうの子供を産めますか?何さいまで生きられますか?」

「安心して暮らしたい」福島の子どもが政府に訴え




脱原発世界会議での富塚悠吏(小4)君の素晴らしいスピーチです。
「国の偉い人たちに言いたいです。大切なのは、僕達の命ですか、それともお金ですか?」




子どもたちは、物言わぬ羊ではありません。
しっかりとした情報をあげれば、自分の頭で考えられる生き物です。
本当のことが当たり前のように知らされない状況に、とても不安を抱いています。
私は大人として言いようのない責任を感じています。


最後に。
私の尊敬してやまない15歳の少女・藤波心さんの2.11脱原発アクションin東京での名スピーチです。
これだけのスピーチを何も見ずに、ハッキリとした美しい声でできる中学生がいるのです。
あえて英語字幕の映像を。
美しい歌声による「ふるさと」を、外国の方にも聞いて欲しいです。







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ネットで拾った画像です。
経産省前での座り込みテントの前に掲げてあったキルトと記憶しています。
このキルトの絵が、いつも頭の片隅にあって、私を奮い立たせてくれているのです。

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話題沸騰中?の「THRIVE(スライブ)」を観ました。
(今You Tubeでも観れます)


確かに素晴らしいドキュメンタリーです。
情報強者の方々にとっては、目新しい事実はないかもしれません。
でもこれが世に広まり、今までそういう事実に気づいていなかった人々がそれを知る。大いに意味のあることでしょう。
今までの価値観が破壊されることになるので、一部の人にとってはかなり荒療治になるかもしれませんが。


すべてが逆となり、すべてが逆さまです。医師が健康を破壊する、弁護士は正義を破壊する、大学が知識を破壊する、政府が自由を破壊、主要なメディアは、情報を破壊し、宗教が精神性を破壊する。
by デビッド・アイク



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でも私は、この内容のすべてを鵜呑みにはできません。
芋虫のサナギの話のあたりからから「ん?」という違和感を覚え、最後まで観て「これ…どう思う?」と、誰かに問うてみたい気にさせられました。
フォスター氏の理想の世界構想が、全然イメージできませんでした。
少なくとも、アフリカのスラムに暮らしている人たちの生活が、それによって今より良くなるとは到底思えなかったのです。
平たく言えば、お金持ちの考えそうなことだよね、と。


あと、ジャケットが意味深ですね。なんで1つ目で、666サインなのでしょう?
11.11.11に公開ってのも……ねぇ。
私の杞憂ならいいのですが。

皆さんは、どう感じましたか?


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切り花を長もちさせる薬ってすごいというか、コワイですね。
このチューリップは1ヶ月以上前に生けたものですが、まだこのように枯れずに咲いています。
毎日この姿に元気をもらっています。
こちらの都合で変な延命しちゃって、ごめんね。。。
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邦題では「レッグス」となっていますが『On Third World Legs』とという原題のほうが内容と合っていると思ったので、そう書きました。

ブライアン・ウィルソンといっても、ビーチボーイズのあの方ではありません。
元ベトナム帰還兵であり、急進平和活動家であるB・ウィルソンのことです。

この本はそのブライアンの回顧録的なもの。
保守的な白人家庭で育ったブライアンが、ベトナム戦争をキッカケに、どのような精神上の変化を経て、非暴力に徹する平和活動家になったのか
そして、エルサルバドル向けの武器輸出を止めようとする非暴力の妨害行動中に、米海軍の輸送列車に轢かれ、両脚を失ったところまでが 書かれています。


この本を出版した「カタツムリ社」というところは、他にも面白い本をたくさん出している会社なのですが、現在は入手不可のものが多いようですね。
欲しい本があったので調べてみましたら、創設者の加藤哲夫さんが、昨年逝去されたそうです。
ご冥福をお祈りします。
どれもとてもいい本なので、どなたか再版してくれないものでしょうか。





両脚を失ったブライアンは今、義足を付けて、三輪車で歩いています。
1987年9月1日火曜日。この日彼にいったい何が起こったのか?


レーガン政権下のアメリカは、当時テロ戦争の名の下に、ニカラグアとエルサルバドルに対して大量虐殺行為を行っていました。
ブライアン達は、この虐殺に使われる武器がカリフォルニア州のサンフランシスコ東にあるコンコードの海軍兵器厰(へいきしょう)から送り出されることを知り、再三議会に武器輸出の資金提供を止めるための請願手続きを働きかけていましたが、らちがあかず、最終手段としてコンコード兵器厰の外での非暴力行動に出ました。


ブライアンは、ただ線路に座っていただけでした。
列車によじ登ろうとしたり、ハイジャックしたわけでもありません。
この抗議行動は、あらかじめ念入りに通知されていました。
しかしアメリカ軍の列車は、650フィート離れた線路の上のブライアン達を確認していたにもかかわらず、まったくブレーキをかけることもなく、あろうことか加速するためにスロットルを開けて(普段の3倍ものスピードで)ブライアンの体の上を走り抜けていったのです。


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自分の国が、無実の他国の人々にテロ戦争をしかけたことに抗議はしても
止まろうとしない武器輸送列車の前で、最後まで抵抗する覚悟がありますか?
‥と聞かれたら、私は「いいえ」と答えます。


クウェーカー教徒で、アメリカのベトナム爆撃について ペンタゴン前で抗議の焼身自殺を遂げたノーマン・モリソンと同じことができるか?と問われれば、それにも「いいえ」と答えるでしょう。


ブライアンは、自分が両脚を失ったと分かった時、それについて泣くことはなかったといいます。
彼はこう書いています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ほんの一瞬のうちに、わたしは文字通り、正義のために戦い、傷つき殺された世界中のあらゆる人々と一体となったのだ。・・・こうしてわたしの脚は、本当の意味で第三世界の脚へと生まれ変わった。この脚はまぎれもなく、解放と正義の闘いの中で与えられた責任と恵みのあかしである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ブライアン・ウィルソンは、「その列車」に屈しませんでした。
何千キロもの兵器を積んだ100トンの列車のことではありません。
ブライアンはこう呼びかけます。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
わたしをひいた列車は、あなたをもひいたのだ。それはわたしたちが所有し、わたしたちが走らせている、わたしたちの列車なのだ。わたしたちは責任をもってそれを止め、その方向を変えねばならない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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共産主義を根絶するために、徹底的に北ベトナムを爆撃しなくてはならない。奴らは恐ろしい共産主義者だ!

ブライアンはベトナムにある小さな村で、ナパーム弾に直撃され目を開いたまま そして二人の子どもを抱えたまま死んでいる若いベトナム人の母親を見ました。

「共産主義者はどんな顔をしているのだろう?」と思いながら顔をのぞきこんだ時、彼は愕然とします。
そこにあったのは、しっかりと子どもを抱いた20歳そこそこの若い母親の顔でした。
共産主義の脅威などというのは、とんでもない嘘だ。今まで自分がやってきたのはすべて嘘のためだったのだ。みんな人間じゃないか。ただの罪もない……。


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ここでちょっと軽いお話を。

またアフリカの話ですが、私が初めて「ブラックアフリカ」の大地に降り立ったのは、西アフリカのセネガルという国でした。パリダカで有名なダカールという町(首都だけど)がある国です。

西アフリカでの移動はバス網なんて発達していませんから、ほとんどがタクシーブルースと言って、おんぼろのプジョーに何人かずつ乗り合わせて(5人乗りのところ普通10人くらい詰め込む+家畜)次の町まで行くのです。(10数年前の話)

そのプジョーがもうすさまじくボロで、窓が閉まらないのは当たり前、中にはドアすらない物もあったりして、シートのスプリングは飛び出してるわ、ニワトリとかの家畜も一緒に乗っているわで、もう大変な騒ぎなんですね。

さらに道が舗装なんてされていませんから、上下左右に飛び跳ねながら走るわけです。
それだけならまだいい(いいのか?)のですが、ひどいのが砂ぼこり!
目的地に着く頃には、黒人も黄色人種もみんな髪の毛真っ白でしたもん。車内に居たのに…(苦笑。


そういう旅なんですが、私が後部座席の真ん中に座って、砂ぼこりにゴホゴホと咳き込んでいたら、隣りに座っていたセネガル人のおじいさんが、窓の外にひょいと手を伸ばして、枝に付いている白い何かをむしり取り、私に2つくれたんです。

何かと思ったら、綿花でした。↓↓↓

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そしてジェスチャーで、鼻に詰めろと言うのです。
見るとおじいさんの鼻の穴には、巨大な綿花が・・・・!!!


それを見て思わず吹いてしまった私ですが(危うく手を合わせそうになりました)言われた通り素直に鼻に綿を詰めました。
私、この一件で、いっぺんにアフリカが好きになっちゃったんです。
アフリカ人にこう、ぐっと親近感を持ったというか。


それまでは「コワイ」「人種が違う」「何もかもが違う」「こいつら何なんだ?」という感じで今一歩アフリカの方に寄り添えていなかったのですが、「なぁーんだ、同じ人間じゃんっ」…と思ったわけです。
考えてみれば当たり前なんですけどね。


だから私は遠い国のよく知らない国の人を、どんな理由があろうと、傷つけたり搾取したり殺したりすることは許されないことだと思うのです。
何の権利があって、そんなことをするのだ?と思うのです。
あなたも彼らも同じ人間ですよ、と。
現地の黒人だって砂ぼこりは苦痛なんですよ、と。
どこの国の人間だからエライとか、そんな理屈は通用しませんよ、と。


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ブライアンは超保守的な土地で生まれ育ち、父親も反動的な人間で、北ヨーロッパ系でない人々を毛嫌いし、いつも「あいつらは劣っている」「あいつらは邪魔だ」とばかり言っていたそうです。
そんな家庭に育ち、初めは典型的なアメリカ少年だったのに、真実に自分で気づき、それを身をもって示す人間になったわけです。


そうなれる人と、なれない人の違いは何なのでしょうね。
私もニカラグアの人が殺されるのは身を切られるほどつらいし阻止したいと思うけれど、列車に轢かれることまでは出来ないと思ってしまうのです。
ムスメのこととか考えてしまうし。
私のような人間のほうが圧倒的だと思いますが、それとブライアンのように行動出来る人との違いは何なのでしょうか。
どうしたらブライアンのようなまっすぐな志を持つ人になれるのでしょうか。


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ヒント:ブライアンが本の中に書いてくれています。
私の答え:

まず自分の近くの人を愛すること。
自分の子を愛せれば、隣りの子も愛せるでしょう。
隣りの子を愛せれば、遠い見知らぬ国の子も愛せるに違いありません。
その遠い国の子どもは、私の子であり、あなたの子どもなのですから。

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インフルエンザ3日目。
昨日から葛湯以外何も口にしない私に、オットが作ってくれたうどん。
温玉&焼き餅入り…ってゴーカじゃん!
でも今食欲なくてたべられn‥‥

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‥‥‥完食しますた。 げぷっ。



熱が何かの嫌な力で抑えられているだけで、体の芯はゾクゾクするし、
頭は痛いしノドは痛いし膝は痛いし。
落語風に言うと「痛くないところから先に言え!」ってなもんですよ。


それに加えて急に気分が落ち込んで、自分はこの世で最も最低な母親だ、これじゃムスメが可哀想だ、私は何も出来ない人間だとか、どんどん自分を責めて布団の中で泣いた泣いた。
アメリカの非暴力活動家ブライアン・ウィルソンの自叙伝を読んで、第三世界の人を救うために、自分の脚を犠牲にした彼の言葉が、重く重くのしかかって来たり。
この国がいつまでもこんないい加減なのも私のせい、原発が未だになくならないのも私のせい‥と考え出して、一人涙に埋もれながらそのまま寝てしまったら、今度は悪夢を見る見る。


なにあれ。何だったんだろう・・・。
変な幻覚を見ていたような。バッドトリップしちゃったような感覚だった。


これも副作用かな?薬の。
イナビル使用後に転落死した10歳代の患者の報告があったらしい。
(タミフル同様、薬と精神症状との因果関係は不明とされていますが)
私は大人で、体も重いから、ベランダから飛び降りることはなかったけれど(そういう問題でもないですね)やっぱり抗インフル薬を服用する時は気をつけたほうがいいですね。(特に子どもは絶対目を離しちゃダメ!)
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火曜日から熱出して寝込んでます。
インフルエンザの人と接触したのが原因。分かっていて、防御も最大級にしてたのにこの有様。
うつる時はうつるんですね。
生まれてこの方インフルエンザにかかったことないっていう人がたまにいますけれど、本当に羨ましい。
そういう人はきっとご先祖さまが強力な抗体を残してくれたか、生まれながらにして高い免疫力を持っている人なんでしょうねぇ。
今後予測されるパンデミックや氷河期に生き残れるのはきっとそういうDNAを持つ人の子孫なのでしょう。


月曜日。
軽い咳が出始める。まだ元気。夜になりモーレツに喉が痛くなる。
こりゃいかんと思い、ゆっくり半身浴をして靴下4枚履いてから寝る。


火曜日。
朝起きたら体がハンパなくだるい。「来たか」と思う。
ちょうど休みだったのであれこれ予定も入れていたのだが、すべてキャンセル。
ゆっくり養生することに…と思う間もなく、寒気がしてきたと思ったらあっという間に39.6℃。
この日は一日中布団の中で苦しむ。
39℃もあるのに一向に寒気がとれない。布団が何枚あっても足りない。
仕方ないので必殺電気毛布を使用。(いつもは体に悪いと思い使っていない)
具合が悪いのに眠れない。足の節々が痛い。頭も。
水分も何も一切とれず。結局トイレにも一度も行かなかったような気が…。


水曜日。
午前中に「お!熱下がったか?」と思い測ってみると、38.7℃。
もはや38℃台でラクになったと言えるレベル。
私の体が今ウィルスと必死に戦っているのだなぁ。ガンバレ!私のマクロファージ!

そして上司から電話。
私が接触した可能性のある人がインフルエンザAを発症したらしい。
「すいません。私ももう発症してます、多分…」
すぐ病院へ行けとの指示。
ようやく車を運転出来る状態になったと判断し、かかりつけの内科へ…と思ったら、私かかりつけの内科なんてないじゃ内科。ってな冗談はさておき、ムスメが予防接種でお世話になった内科へ電話してみる。一応インフルの人と接触して同じような症状が出てますけどとお断りして、今なら空いていますよと教えてもらった。(他の患者さんたちにうつしてはいけないし)

インフルエンザの検査は「結果が出るのに10分くらいかかりますからね」と言われて診察室を出たとたんに呼ばれた。
直後に「A」の赤いラインがくっきりと出たそうだ…(苦笑)。
インフルエンザの治療薬。好奇心もあってイナビルという新薬にした。
でも38.7℃もあって意識がもうろうとしている時に、タミフルにしますか?リレンザにしますか?イナビルにしますか?と聞かれてもなぁ。思考能力ゼロだもん。
思わず「私の落としたのは金の斧です」って答えそうになっちゃったよ。
タミフルとリレンザはお持ち帰りで、イナビルはここで一回吸入すれば終わりですって言われたら、大抵の人は一回吸入を選ぶでしょ。第一三共の出したお薬らしいけど、そのへんきっと考えたよね。
あと健康な時でさえ一日3回薬を飲むってのは、至難の業なんです(私だけ?)
なのにこんな飯も食えない水も飲めない状態の時に、3回も薬飲んでられるかっつーの。
投与して2、3日すれば熱は下がりますって言われたけれど、たぶん何も飲まなくても養生すればそのくらいで熱は下がるんですから気休め程度のものなのでしょうな。


木曜日。
そして今は、解熱鎮痛剤をついに飲んでしまったので(笑)少し元気なのです。
熱や寒気は我慢出来るけど、頭痛がひどいのが我慢ならなくてつい…。
目ん玉が飛び出るんじゃないかと思うくらい痛いんですね。
頭が痛いと何も読む気にもならないし、目も開けられないのだと悟りました。

昨日は葛湯を2杯飲みました。
ここ半年で一番旨いと感じた飲みものだったよ~とオットに言ったら笑ってました。
かくいうオットは、極力私に近づかず、ムスメにも感染させないように気を使ってくれてます。
何か飲みたい時は、同じ家に居ながらケータイメールで♪
でも家にあった葛湯を私が飲んでしまったことにムスメが怒ってました。ヒドイ。



オットによると、いつも元気印の母さんがまったく喋らず布団から出て来ないので、ムスメはひどく心配しているようです。
親が病気になったら子どもは心細くもなるわな。
子より先にインフルエンザになってる私はバカモノでしょう。

家の中の水分を必要とする観葉植物も、私が寝込んでいた間に瀕死の状態になってました。
自分の水分を摂るよか先に、植物に水をあげていた私。
それもどうかと思いますが。


結論:母さんが病気になると家の中が立ち回らなくなります。
え?常識ですか?失礼しました~。

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