いやぁー寒い。
朝起きて気温がマイナス15℃とかだと、テンション下がります。
ここ松本には珍しく、今年は雪もよく降るしね。
おかげさまで、雪道運転を完全にマスターした。
雪でも槍でもなんでも来やがれ!って感じっス。


で、先週は私が体調崩してダウン。
今週はムスメがダウン。もう2日学校を休んでおります。(でもインフル陰性)
ちょうど今日あたり中国から有害ガスが飛んでくるかも…というので、窓を閉め切ってムスメと二人で家にこもって DVD観まくってました^^


用事もすべてキャンセルしたから、久々にゆっくりオヤツ作ってあげたり、ムスメといろんなこと話したり。
学校大好きのムスメなので、時計を見ては今○時間目が始まっただの、そろそろ給食終わる頃かなぁとか、いちいち気にしているのが可笑しかった。
とにかく全力で治したので、夕方にはもうすごい元気。新体操で習ったダンスを披露してくれました。
明日は登校できそうです。てか行け!(笑)



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押し入れを片付けていたら、こんなのが出てきた。
なんと、カセットテープです。




これらはみんな外国で旅の途中に買ったもの。
当時はウォークマンを持ち歩いていたんだな。
知ってる?ウォークマン。知らねーだろーなー。くくく。


CDなんて、なかった時代。
カセットテープをデッキから外してA面からB面に裏返してまた再生…という作業の映像を見て「今何をしたんだ?」と今時の若者は聞くらしい。
テープがたるんだら鉛筆でクルクルとか、録音ボタンを押してから本格的に録音が始まるまでのタイムラグを体で覚えつつ、エアチェックの日々…とか。
アメリカンtop40とか、よく聞いていたっけ。
昔はラジオから流れる曲を自分で録音して マイベスト作品を作っていたのだ。
私はイントロにDJの声がかぶらない「ジェットストリーム」が好きでした。
ああ、城達也さん!懐かしい。(現在は5代目/大沢たかおさんが引き継いでおられるそうです)


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旅先に日本から友人が送ってくれたもの、当時インドで流行っていたアイドルのもの。いろいろ。
でももう、これを再生する機械がうちにはないよー。
なのに、捨てられない。
スピーカーをセットして、安宿ではいつもBGMを流していました。
旅に音楽は、必需品。
その地で聴く音…というものがあるのです。


今じゃ「世界一周」なんて珍しくもないけど、私たちの頃は、そんな奇特な人間はまずいなかった。
多かったのは、大学を一年留年して放浪しに来ました、っていうパターン。
予定通り、みんな大体一年で帰っていった。
その子たちとは、今でも連絡を取り合っている。みんな立派に社会人やってる。
彼らを見ていると、人生における長い旅は、決してマイナスになるばかりじゃないのだなぁと思う。


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夫婦で世界一周しながら、ネットでその様子を配信していたご夫婦がいた。
アフリカの後、南米に飛び、そこで2人ともマラリアで亡くなられた。

最近、そのご夫婦のことが頭から離れない。
ずっと下がらなかった40℃の熱。悪寒、関節痛、頭痛。
マラリアかもと疑いつつ、高山病だと自己判断した。保険が切れていたこともあったのだろう、治療を始めるのが遅かった。
奥さんはホテルの洗面所で、ダンナさんはその2日後に病院で息を引き取った。


お会いしたこともない方なのに、ブログを見ると、彼らがどんな旅をしていたかが手に取るように分かる。すごくよく分かる。だから、悲しい。
彼らの旅本を読んだ。エネルギーに満ちあふれている。
カラフルで、美しい写真。
「各国で写真を撮ってブログにアップする」…って、簡単じゃない。
私がこの時代に同じ旅をしていたとしても、こんな写真は撮れないなと思った。


昔はネットカフェなんてそんじょそこらになかったし、おかげでパソコンも持ち歩かずに済んだ。
バックパッカー用の海外保険も1年が限度なのかぁ。うちらの時は留学生保険かなんかでちゃんと3年間とれたけどね。
ただ、メキシコの店で買い物中に銃を持った強盗が入ってきて店の人がレジごと強盗に渡しているのを間近で目撃したり、東欧を夜行列車で移動中、コンパートメントで爆睡していた修造のウエストポーチが切られ、800マルクが盗まれたり、中国の混雑したバスの中でポケットの小銭をスラれたり。
命の危険度としては大したことないけど、トラブルはやっぱりいろいろありました。

マラリア注意地域では、白っぽい長袖長ズボンという常識は守っていたけど、インドとかは暑過ぎて、油断して半袖のピタTシャツとか着てたからなあ。


私が3年半の旅を終えて日本に帰って来られたのは、奇跡なのかもしれません。


それでもやっぱり私は旅を勧めたい。
外国は危険だと、決めつけるのは早急だと。
あれだけ長いこと旅していて、ほとんどの日々は何のトラブルもなく、危険な目にも遭わず、病気にもかからずにいられたんだよ。
世界にはどんだけ善人が多いか、の証拠じゃない?


後からでも行ける、もう少しお金が貯まったら…。
そしていつの間にか年を取り、期を逸し、人はなぜあのとき旅立たなかったのかと悔やむのだ。
旅には 適齢期があるということ。


今のところ外国になんの興味もなさそうなムスメに(笑)
いつも好奇心を失わず、若いうちに勇気をもって一歩踏み出せる環境を作ってやりたいなーと いつも願っておるのです。





ただし、絶対に帰ってくるという条件付きで。


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『世界がもし100人の村だったら』


もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。

その村には・・・

57人のアジア人
21人のヨーロッパ人
14人の南北アメリカ人
8人のアフリカ人がいます

52人が女性です
48人が男性です

70人が有色人種で
30人が白人

70人がキリスト教以外の人で
30人がキリスト教

89人が異性愛者で
11人が同性愛者

6人が全世界の富の59%を所有し、
その6人ともがアメリカ国籍

80人は標準以下の居住環境に住み
70人は文字が読めません

50人は栄養失調に苦しみ
1人が瀕死の状態にあり
1人はいま、生まれようとしています

1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、
相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。

また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。
もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・
あなたは今生き残ることのできないであろう100万人の人達より恵まれています。

もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度も体験したことがないのなら・・・
あなたは世界の5億人の人達より恵まれています。

もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・
あなたは世界の30億人の人達より恵まれています。

もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・
あなたは世界の75%の人達より裕福で恵まれています。

もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・
あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちの一人です。

もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・
それはとても稀なことです。

もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。

なぜならあなたの事を思って,これを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。

昔の人がこう言いました。わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。

お金に執着することなく、喜んで働きましょう。
かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。
誰もみていないかのごとく、自由に踊りましょう。
誰も聞いていないかのごとく、のびやかに歌いましょう。
あたかもここが地上の天国であるかのように、生きていきましょう。




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素晴らしい人というのは、想像力が豊かな人なんだ、と最近よく思います。
人の痛みが分かる、動物たちの声を聞く、1000年先の地球の姿を思い浮かべる、7代先の孫の世代が生きる環境に思いをはせる…。
目に見えないこと、耳では聞こえないことを想像するのって、大変なことです。
自分に関係ない人や物を想像するとき、そこには思いやりの心が必ず必要だから。


自分の家族や、日本だけがよければいいなんて、私はとても言えない。
こうしている今だって、苦しんでいる人たちが地球のどこかにいるということを忘れたくはない。





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明日は三九郎です。

これが終われば、とりあえず今年度の町内の子ども会の主な行事はおしまい。
自分で勝手に背負っていたプレッシャーで、胃に穴があくかと思ったけど、そんな日々ももう終わりです。
あ”ーー私って、キャパが狭いんだなーーと改めて思いました。

でもね、少しだけ言いたい(笑)。
予算もない、町内会の協力もほとんどない中での子ども会の運営。
何をお願いしても「無理」って、そんなんばっかりで、もうなんか心が折れた。
出来ない理由をグダグダ言うのはヤメローーー。
やろうと思えばなんだってできるんじゃねー? …って、私の中の悪魔がささやくの。


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・・・・・失礼しました。猛毒吐いてスッキリ^^

でも、いいことも2つほどありました。


1つは、お風呂の中でムスメに言われた言葉。


テンパって子ども会の仕事をしている私に、ムスメはこう言いました。
「ママが会長さんで良かったよー。ママすごくうまくやってると思うよ。なんつーか、どうしようどうしよう?って言ってるお母さんより、ママみたいにはっきりビシッ!と言ってくれて、みんなを引っ張っていってくれる人がいいよ」
……と。
ちょっとジーンときました。
同時に、子どもって大人のこと意外と冷静に見てるんだなと^^


2つ目は、うちのムスメが本当に良く出来た良い子だって分かったこと(笑)。


俗に言う「良い子」という意味ではなく、ちゃんと自立しているという意味で♪
子ども同士の交流会でも、ちゃんと子どもの輪の中に入ってトランプをしたりゲームを仕切ったり。
要支援の子については、私が言わなくてもちゃんとお弁当を食べるのを見守ってくれていたり、ビンゴの景品を一緒に選んであげたり、ゲームの説明をしてあげたり。
配られたお菓子の中身が隣りの子と微妙に違うと文句を言う子に対しては、ポップコーンの代わりにあなたの袋にはえびせんが入っているでしょと、説明して納得させたり…。

子ども同士で遊べず、しょっちゅう親の居るところへ来る子も中には居ました。寒がりだからストーブに近いところの席と変わってくれと直接お友達に言えず、親に言いにくる子も。

高学年と言えど色んな子がいるので、とやかく言うつもりはありませんが、その場の雰囲気を感じ取って自分がやるべきことは何か?を理解して行動することが出来る、ムスメはそんなタイプの子どもなのだなと思いました。
……親バカですかね?



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重い材木(三九郎に使う)を文句一つ言わず一緒に運んでくれたあおちゃん。
今日は朝早くからいろんなとこに連れ回してごめんね。
お弁当27個分は、私一人ではとてもじゃないけど運べませんでした。力持ちのあなたがさっと運ぶのを手伝ってくれたので本当に助かりました。
あなたは真っ先に公民館に行って、みんなが来る前に一人で机を並べたりお菓子を用意したりしてくれたね。
私が何も言わなくても、ちゃんと動いてくれました。
ホントに今日ほどムスメを見直した日はなかったヨ。
もしかして君は世界一いい子じゃないの!?!!!


かのムスメは、来年度の子ども会長に任命されたそうです。
本人は単純で、会長だから来年はビンゴを回せる〜♪と喜んでいました。



私のやってる「長」は大変だけれど、こういう嬉しい「オマケ」も付いてくるから本当にやって良かったなあ〜。
今夜はムスメをいっぱいホメてあげようと思います♡



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前の記事が長くなってしまったので、続きはこちらに書きます。
さて、資金集めに苦心していたシェーナウ電力会社はその後どうなったでしょう?

無償で協力してくれる広告代理店を見つけたシェーナウは、KWRから送電線を買い取るため、全国的な資金集めキャンペーンをはりました。
その時のコピーがそう、これ
  ↓  ↓  ↓

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「私は厄介ものです」


写真と実名入り、白黒の人物写真に黄色い文字で「私は厄介もの」と書かれたポスターを新聞やテレビで流しました。モデル料、写真家への謝礼、一切なし!
それでも、おじいちゃんから学生、赤ちゃんまで(!)いろんな人がモデルになってくれたそうです。

このキャンペーンが話題を呼び、ドイツ全土から寄付が寄せられ、無事に資金が集まった1997年、シェーナウ電力会社(EWS)は、原発に由来しない電力のみで町に電気を供給し始めます。


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「原子力に反対する100個の十分な理由」って、読んだことありますか ?
シェーナウ電力会社が発行した冊子です。
日本語訳版も出ています。
私はナノハナさんのところで初めて知り、全文を読んで心から共感したのを覚えています。

原子力に反対する100 個の十分な理由
http://nanohana.me/?p=4237



ウルズラ・スラーデクさんは言います。

私が「原子力のない社会」を強く求めるようになるためには、チェルノブイリが必要でした。福島の事故が必要だった人もいるでしょう。別の人には、さらに新たな事故が必要なのかもしれません。それは人それぞれなのです。意識変化には時間が必要で、かかる時間も人それぞれです。ですからその人を、そのままに受け入れることが大事です。(p.136)


最後に。

ウルズラ・スラーデクさんから、日本のお母さんへ向けたメッセージを。



母親は行動しなくてはならないのです。
母親には世界を変える力があるのです。



私もライオンのように戦う所存です。
私には福島原発事故が必要だったのです。
知ったからにはもう同じ場所にはいられません。見て見ぬフリは、もうできません。
私たちには、未来への責任があると思うからです。

ドイツ人よ、ありがとう。
とても勇気のわいてくる本です。ぜひ手に取って読んでみて下さい。



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