ついに 研究されちゃいました。
ザ・ママの研究 (よりみちパン!セ56)




出版社からのメッセージには、こうある。

いくつになっても、世界でいちばん好きな「ママ」、そして世界でいちばんウザい「ママ」。私たちに必要なのは「絆」なんかじゃない―ママのタイプ分けからはじめる、世界初のママ研究。


ポップでカラフル。中高年の目には優しくない作り(笑)。
中高生(小学4年生くらいからOK)の、特に女の子にオススメ。
絶対無比な守護神であったはずの自分の母親が、ある日突然ただのつまんないオンナに見えてきて(ひどいな)、ショックでどうしていいのか分からないでいた35年前の私に捧げたい本。



iroiro.gif



もうすぐ50歳に手の届く私。
実は、いまだに自分の母親の顔色をうかがいながら暮らしている。
……という事に、最近気づいた。


母の誕生日、母の日、盆暮れ正月の実家への帰省。
これらの行事が、重く私にのしかかる。
実家への帰省が憂鬱…なのは、なぜなんだろう。
母の誕生日が近づく度に、何かしないと!という強迫観念にかられて胃がキリキリ痛むのは、どうしてなんだろう。


修造(夫)に指摘されて、ようやく気づいた。
「あなたって、◯ちゃん(母の呼び名)に言いたいこと言えないタイプだよね、昔から」


母は、私が誕生日に何も贈らなくても、正月に帰省しなくても、責めたりはしない。
こないだも意を決して電話だけかけたら、元気でいるから大丈夫よ〜という明るい声が返ってきた。
そしてその後、『気遣いは不要、私(母親)のことより貴方の生活を優先させなさい』…という内容の、ハガキが届いた。


他人からしたら、娘を気遣う優しい母だろう。
でも、そのハガキを読んで 罪悪感でいっぱいになる私。


プレゼントをあげたところで、この罪悪感はつきまとう。
母に対して、私はいつもビクビクしているのだ。
母の機嫌を損ねてないか? 自分は母に対して正しく接しているか?
………80歳近いおばあさんの、何を恐れているんだろうね私は。



iroiro.gif



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ママを批判的に見ること、ママを否定すること、もっといえばママを捨てたいと思うこと。これらは、いくら心の中でその思いにとらわれたとしても、絶対口にしてはならなかった。それから長い時間が経った今でも、ママについての常識はそれほど変わっていない。(p110)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



母との関係は、私自身で解決していかなくちゃいけない問題なのだけれど、
なかなかそう簡単にはいかないのも事実。


私は小さい頃からずっといわゆる「いい子ちゃん」だった。
あの頃の私にとっては、母に褒められることだけが生きる意味だった。
でも残念ながら、褒められることはそんなには多くなく、むしろ子育てに押しつぶされそうになっていたストレスフルの生身の人間としての母に、当たられることが多かった(ように思う)。


この辺の悲しい思い出は、なぜか思い出せない。
私は母と良好な関係を築いてきたと信じて今日まで生きてきた。
だから、なぜ母のことを考えると憂鬱な気持ちになるのか、さっぱり分からなかったのだ。


でも、自分のムスメが思春期を迎え、母である私にガチで当たってくる日々を送っているうちに、ふっと思い出した。
「ああ、私って、こんな風に自分の母親にぶつかったことってなかったよな」って。


そう考えると、子どもの頃、母に言われた言葉が次々と思い出されてきて、なるほどそうか!と。


私が無意識のうちに、子どもは一人でいいと確信したことも
何度も辞めたいと思いながらも仕事だけは辞めず、今まできたことも
家庭的で家事を厭わない男性を 無意識に夫に選んだのも
すべて合点がいった。


私は人生を母に支配されつつも、母のようにはなるまいと必死で生きてきたんだな。



iroiro.gif



自分が研究される側かと思って読んだら、思いがけず自分の母を研究しちゃった(遅ればせながら)という結果に至った次第です。


しかし、母の存在ってコワイ。
ムスメの人生にいい影響だけを与える母になりたいが、そうもいかないだろうな。
なぜなら、ムスメの判定では、私は「超超超ウザママ」で、ここに出てくるタイプには当てはまらない(もっとヒドイという意味で)そうなので。





関連記事
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks