先日、ネパールのトレッキングで遭難しかけた…という話をしたので、写真を探してみたらあったあった。


カトマンズからルクラを経て、ソルクーンプ方面への長期間のトレッキングを計画していた私たち。目的地はエベレストBC。
が、ディンボチェ(標高4350m)からトゥクラ(同4620m)に向かう途中の山腹道で、トレイルを見失い、道なき雪斜面を下ったり登ったりして、道を探すハメになり、靴はずぶ濡れ、体はクタクタで、暗くなった夕方6時半にようやくトゥクラの宿にたどり着いたのだ。
あん時は本当に


死ぬかと思った。


この時私は神に誓った。
もう二度と、4000m以上の山には登らない、と。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(当時の日記より)

…道らしい道はない。雪をかきわけ、泥で足をすくわれながら歩く。ズボンのすそはグチャグチャ。靴もびっしょりで冷たい。
行けども行けども、トゥクラらしい村は見当たらず。山で陽がかげってきた。4800m。川を渡ってトゥクラのはずが、川ははるか下のほう。いつになったら下るのだ。3時間くらい歩く。テキストには2時間で着くと書いてある。迷った!?確かに人の足跡はある。が、雪はどんどん深くなる。喉はカラカラ。少し頭がボーッとしてきた。

と、はるか下の方に集落が!「Hello!Come on!」と人が叫んでいる。
あそこか!? でも、あそこにたどり着くのはどうすればいい!?
時刻は4時…。あと少しで真っ暗になる。が、道がないのだ。本当にどうする!?

30度くらいの崖を降りる決心をする。(引き返して道を探す気力はもうなかった)
尻をついて、ストックで滑り降りる。下は腿までの積雪。川まで這っていく。10mくらいの幅の川。しかも、流れが速い。
足場のいい石を選んで渡るしかない。が、石の表面が凍っていて、かなり滑る。流されたら終わり。修造の唇が真っ青だ。「とにかく何か着よう」岩の上で上着を着る。修造は「指の感覚がない」と。
チベット(中国側)のエベレストBCでトレッキング中、凍傷になって足を切断した日本人の話が頭をよぎる。…まずいな。一刻も早く村に着かねば。このままだと二人で遭難してしまう。……次第に焦る。

とにかく!渡るしかない!人間死ぬ気になれば何でもできる!!!

神は乗り越えられる試練しか与えない!(仁か!?南方仁か?)


DSC03231_convert_20150423141010.jpg


遅れがちな私を「ここだよー!見える?」と、修造が導く。もうすでに真っ暗。日明かりで足元は見える。ふだんなら絶対怖くて降りられないような崖も、全く怖くない。怖いのは、死。「オム、マニ、ペニ、フム!お父さんお母さん、神様!」となんども祈りながら歩く。ここでは私はチベット仏教徒だ。

2時間ほど、2、3個山を登っては降り登っては降りしながら、遠くに道が見えた時、安堵の涙がボロボロ出た。7時。ようやく薄明かりのついた宿に着く。
DSC03233_convert_20150423143723.jpg
靴下とズボンのすそは、ガチガチに凍っていた。修造の指もどうやら大丈夫。湯をもらい、日本の煎茶をがぶ飲みする。
びしょ濡れの靴を、ストーブで3時間かけて乾かした。
ホッとしたら急に寒くなってきた。ここは4800mらしい。富士山て高さどのくらいだっけ?体の芯まで冷える。インナーシュラフとシュラフにくるまって寝た。

とにかく命は助かった。チベットの神様、ありがとう!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




このコースは、例年ならもっと足場は良くて、さほど難しいルートでもなかった。
装備はそれなりにしていたけれど、あくまでも「トレッキング」のノリだった私。
旅ではいろいろ怖い思いはしたけれど、これもそのうちの一つ。
あの急流を、大きいリュックを背負ったまま渡った時が一番怖かったな。
いい経験になりましたわ。


山は、遠くからああきれいだなーと思いながら見るだけにしておこう。
大げさなタイトルだけど、楽勝だと言われエベレストに行ったらちょっと雪が深くてビビっちゃった…というお話でした。








関連記事
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks