夕飯の時にムスメとの会話の中で。


みんなと同じようにしたくても出来ない子や困っている子は 周りに必ずいるから
そういう子のことを気に留めてあげられる人になりたいね。


無意識にそういう気遣いができる人は 社会に出てもきっと
障がいを持った人や 社会的弱者に目を向けてあげられる人になるよね。


電車内でベビーカーを押したお母さんに手を貸してあげるし
視覚障害者の方が白い杖でコンコンと地面を叩きながら歩く音をうるさいなどとは決して言わないだろうし
子どもの声がうるさいからという理由で 保育所を建てるのを怒鳴りこんで反対したりはしないと思うんだよね。


弱い人たちに想いをはせる人は、おのずと福祉や行政に関心を持つようになる。
だから絶対選挙にも行くし 気負わずにボランティアもするし
そういう人がどんどん増えていったら いい世の中になるよね。


‥‥というような話をしていたのに今日、相模原での事件が起こって
暗澹たる気持ちになった。 


容疑者が衆議院議長宛に書いた「日本のために障害者470人を抹殺する」という手紙。「全人類が心の隅に隠した想いを声に出し実行する決意」
‥‥ものすごく嫌な気持ちになった。
彼はなぜそういう思考に至ったのだろう。


それよりもっと怖いのは、この事件についてのネットの反応である。
弱者に対する侮蔑、暴言の数々。容疑者を援護するような書き込み。


「90歳、いつまで生きているつもりだ」と言ったとされる麻生太郎氏がかつて「ナチスドイツの手口に学べ」という恐ろしいことも言っていたことを思い出す。





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↑これは、実際にナチスで使われた障害者に対するヘイトを煽るポスターだ。


書いてあるのは
「この遺伝的欠陥を持つ人間の一生に6万ライヒマルクもかかる。それは他ならぬ君の金だ。考えろ」


…ここから障害者の虐殺が始まった。



11.gif




世の中が少しずつおかしな方向へ進んでいるように思えてならない。
ブレないように、流されないように、飲み込まれないようにしなくては。


ムスメと話したように、まずは自分の周りの一番弱い人に目を向ける。
その人(子)を気遣う、声をかける、手を貸す、守る‥‥。
そういう連鎖を 少しずつ。




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