その「グローバル教育」で大丈夫?



『テルマエ・ロマエ』の作者、ヤマザキマリさんと
一家の大黒柱で頑張ってるタレント&エッセイストの小島慶子さんの対談。
お二人とも大好きな方なので、楽しく読みました。


「グローバル教育」ってのが何なのかと、まず私自身よく分かっていなかったのと
春と夏に子どもを海外留学させてる私って、「グローバル教育に熱心(だけど、そのやり方が間違ってる)母親」というカテゴリーに入れられちゃうんじゃないかと 
タイトル見て若干不安な気持ちを抱きつつ…。 ← ww


杞憂でした。


が、「グローバル教育=海外で学ぶこと」ではない、との小島さんの言葉に
ああ、痛たたたた。胸が痛いーーー…。
お二人の意見としては、日本にいてもグローバル教育は出来る、ということです。
逆に、「半径50メートルにある目の前の社会の中で多様性を発見できなければ、地球の裏側に行っても多様性を発見できないんじゃないか」(小島 p.47)


例として、嫌な奴、苦手な相手と対峙して乗り越えるとか、昨日と同じ風景を今日から違って見ることができる目を養う、など。




              rokextuto.jpg





それに関連した内容で面白かったのが 第3章の「子どもの『生き抜く力』と才能をどう伸ばす?」です。


その中でヤマザキマリさんが「虫嫌いに見る人種差別やいじめの本質」について語っているんですが、これがホント、目からウロコでした。


マリさんがNHKの番組で、故郷である北海道の千歳市の小学生6年生20人を相手に「課外授業」をやることになったそうです。その時マリさんは、小学生時代に自分が夢中になっていた「虫」をテーマにしよう!と決めて、事前に子どもたちにアンケートをとってみたところ、ほとんどが「虫は嫌いです」という反応だったとか。


その理由が「虫は何考えてるか分からないから」という答え。
意思の疎通ができないからだと。


これでマリさんは、「これは授業のしがいがある」と感じたと。
人種差別やいじめは、結局のところ「相手のことが理解できない」という理由に行き着きます。
理解できない人間に対する嫌悪感と、虫に対する嫌悪感。
これは共通するんじゃないか、と。


人間は知性があって昆虫はそれがないから劣っている!?
「昆虫はすごい」などの本を読むと分かりますが、虫って私たち人間が思う以上に複雑で合理的な生態系を維持しています。
こういうマジな根拠は置いとくとしても、理解できないものを「劣っている」と決めつけてしまう傾向は、確かに私たち人間にはあると思いますね。


子どもたちが「自分とは違うから虫が嫌い」と言ったのに対しマリさんは
「話は通じないし、何を考えているかなんて知る術もない。だからこそ驚きや発見があって面白い!」と。



               tyaba.jpg




小島さんの「あ、犬だ。犬は愛玩動物だから愛玩せねば」とか(p.131)
ところどころツボに入ってしまう箇所があり、油断できませんでした。
小島さんのあとがきも 面白いです。


こんな育児、間違ってるんじゃないか?と毎日自信のないままムスメと接している私にとって、
親のカッコ悪いところも、いっぱいいっぱいであがいているところも
みんな子どもに見せてもいい、と言ってもらえて
なんだか気持ちが楽になりました。


ムスメに私の水着を貸したらお尻の部分に穴をあけられてしまい、新しく買わなきゃなんですけど、ビキニにしようかな!
シワシワでも、肉はみ出しても ビキニを着るぜ!と思いました。
(そこかい)






関連記事
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks