かなわない



内容のほとんどが2段組の日々の日記であり、ふつうなら他人のどうこういう日記なんて読む気がしないのだが、この人のは違う。ぐいぐい引き込まれて読んだ。いつのまにか、植本さんに自分を重ねていた。そしてなぜか時々息苦しくなって深呼吸をしてみたり。


まっすぐな文章。うそ偽りのない。
飾っていない。カッコよく見せようとか、理想のお母さんでいようとか、そんなものは微塵も感じさせない。


例えば、些細なことで上の子に苛立ち、ホットケーキを投げつけてしまった、などと書くのです。子育てをしていて、自分の思い通りになることなんて何も無い、とも書く。


これが我が家なら、たとえば昨夜ムスメがひどい点数のテストを持ち帰ってきたのでつい頭にきて、何を勉強してたんだとかバカじゃないのかなどと罵倒したことや、夫に、ムスメのこの頭の悪さは誰の遺伝子なんだとまで言い放ったことなど題材には事欠かないが、私は決してそんなことは公に書かない。なぜなら


自分をよく見せたいから。


植本さんの文章は、ただ淡々とありのままを綴ってあるから、読んでるほうが苦しくなる。いたたまれなくなる。
ああー、そこ!もっと隠してー!恥部だから!オブラートに包んで!…となる。


がその一方で、自分じゃ言えないことを著者が代弁してくれてるので、ありのままの私を見て的な気持ちも湧き上がる。
こぶしを振り上げて、そうだ、そうだ!と叫びたくもなる。
まったく、乙女心は複雑なんだよなぁ。
そういう深層心理をすべてさらけ出してどうだと迫ってくる迫力が、この本にはある。


仕事をしたい、たまには子どもと離れて息抜きしたい、
子育てとの板挟み、ちょっぴりの罪悪感。
そんな時の夫の何気ない一言や口の悪い母の言葉に いちいち傷つく。
原発事故のせいで、食べものの安全性が気がかり、なのに周りは驚くほど無関心。
ただ毎日がむしゃらに母親をやりながら、いろんなものと闘っている…。


全部、共感できる。そして
全部、わたしのこと。


これを読んだ女性は、多くの人がそう思うはず。
ありのままの自分。世間からは黙殺されてる事実。




あと、植本さんの夫であるECDさんの人間としての魅力がハンパない。
ECDさんの大きな愛(家族愛だけでなく人類愛)がこの一家の軸となっていて、妻である著者が日常を淡々と、否定せずにありのままにまっすぐ見つめているから「ここは、大丈夫」という肯定感が読者に伝わってくる、のかもしれない。



苦しいけれど、生きるってのはそういうことだよな。
『働けECD』からのファンだったが、次の本『家族最後の日』も注文しないと。








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