介護を必要とするほどじゃないけれど、慢性化した病気とたたかっている両親が郷里にいる。
入退院の報告は、いつも事後。
忙しい私を気遣ってのことだが、「退院しました。元気です」の文字を見るたびに、何とも言えない気持ちになる。
もし仮に親が入院することが事前に分かったとしても、私にはホイホイと簡単に見舞いに行けない事情もあり、両親はそれが分かっているから私にはあえて知らせないのだ、と思う。
そして私は、いつも親に対する不義理の気持ちで、いたたまれなくなるという悪循環・・・。
今日みたいに 自分が体調を崩して寝込んだりすると、普段は思い出しもしない親のことばかり考えてしまう。(苦笑)。


実際のところ親はさほど気にしていない。
だから私も自分の今の家族と生活を最優先にして気にしないようにすればいいのだが、支配的な親に育てられると、この年になってもこうしてやっかいな感情を抱え込んでしまうのだなぁ。根は深い。


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私にとっては落語家/金原亭駒ん奈さんとしての方がお馴染みの荻野アンナさんの本。
いやぁこれを読むと、自分がちょっとアダルトチルドレンの「ケ」があるからってクヨクヨしていたのがアホらしくなります。壮絶な介護日誌だー。


父94歳。母85歳。二人とも要介護4。
(要介護4というのがどれほど大変な状態かというと、食事・トイレ・服の脱ぎ着など身の回りのことがほとんど自分では出来ない“最重度の“介護を要する状態、なのです)
しかもお父さまは日本語を頑に拒否する超わがままな巨体のフランス系アメリカ人。タンクの大きい激情の人。
画家であるお母さまは、芸術家のセンスで作り上げた家をバリアフリーに改造するのを拒否、介護されるのを極度に嫌う自立心の高い人。
介護はジャングルのサバイバル。
それとも地雷野を駆け抜ける感じ?
爆発はお父さまの得意技。
仕事中に病院からの電話が鳴る。
「お父さんがまた騒いでいます」


野獣の遠吠えがしない夜は、椰子酒で酔っ払わないとやってられませーん!というアンナさんの出した介護三原則。


①失敗は許されない
②失敗したら後悔しない
③とっとと気分転換する


介護する人は、自分にやさしく…と心がける。
これで、いいのです。


話の中に、ヘルパーを家政婦と勘違いして「奥様とお呼び!」と迫ったお年寄りのエピソードが出てきますが、ヘルパーさんの行う生活援助で1時間未満はおよそ2200円。そのうち1割負担で220円。
それで「奥様とお呼び!」と言われても、ねぇ?(苦笑)。
でもね、団塊の世代以下は権利意識が強いから、これからの年寄りはきっとこういう人が増えてくると思われます。
だからこそ②と③に重点を置いて、介護する側がバカバカしい楽天主義者にならなきゃ、自己中な老人の介護なんてやってらんねーよ!w……ということでしょうか。


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最後に。
読んでいて思わず泣いてしまった箇所を紹介します。

著者が先輩に言われた言葉。以下。

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親孝行はやっている時は先が見えない、未来が見えない、だからつい暗くなる。でも絶対亡くなるときが来て、死なれてみるとどんなにやっていてもやり足りなかった、また会いたいと思う。だから思い切りやったほうがいい、と言ってもらって、励みになりました。
何でやってもやってもやり足りないかというと、自分が親を愛する量は、絶対親が自分を愛してくれた量にはかなわないから、だそうです。
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修造が老人になったら間違いなく病院に迷惑をかける類の要注意人物になるのは目に見えているので(笑)、一人っ子のムスメが苦労しないよう、ボケないうちにオットを送って、私もさっさと行けたらいいなと思っています。
そう上手くいくか分かりませんが。


今現在介護をしている人(=サバイバー)にはホッとする本です。
元気が出ますよきっと。
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