5月に「原発嫌われ者キャンペーン」という記事を書きました。

その舞台であるドイツの人口たった2500人のシェーナウという小さな町。チェルノブイリ原発事故をキッカケに立ち上がった親たちの反原発運動が、電力の地域独占体制を打ち破り、ドイツ屈指の自然エネルギー専門電力会社を生んだ…というスゴイ町です。

電気の専門家でもないシェーナウの市民がいかにして自分たちのための電力会社を作ったか。いつか詳しく知りたいと思っていました。ちょうど図書館の原発・震災の特別コーナーにこの本が置いてあるのを見て、早速読んでみました。

…感動しました。

途中何度も泣きそうになりました。

長きにわたる大手電力会社との確執、初めての市民投票…。
メンバーたちはずっとボランティアで活動を続けてきました。メンバーは、そもそも最初から電力会社を作ろうと思っていたわけではありませんでした。
でもチェルノブイリの事故を通して「政府や電力会社は何もしてくれない。このままでは原子力のない社会は望めない」と悟ったのがキッカケだったそうです。
親たちを突き動かしたのは、原子力のない未来を作るという思い、ただそれだけだったのです。


福島原発の事故に、最も敏感に反応したのはドイツです。
事故の3日後には、メルケル首相は全ての原発の点検と、半年前に決定したばかりの稼働期間延長の3ヶ月間のモラトリアム(執行猶予)を発表。15日には、旧型原発8基の暫定的停止を決定し、うち2基を即永久停止としました。
ドイツ国民の反応も速かったのです。3月14日には全国450以上の都市で一斉デモが起こり、21日には全国600カ所で11万人が反原発デモに参加し、26日には21万人が、ベルリンなど4都市での大規模デモに出かけました。
「ドイツ人はチェルノブイリのときの恐怖を忘れていないから」


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ドイツだから出来たんだ………そう思いますか?

私も始めはそう思いました。
国民性も、国の成熟度も、マスコミの質も、日本とはえらい違いなんだもの。
そう、ドイツだから簡単に出来たのさ。……

でもこの本を読んで認識を改めました。

チェルノブイリ事故直後のドイツ政府の対応は、今の日本の政府の対応を彷彿とさせるものでした。事故の詳細を国民に知らせず、危険はないことだけを強調しました。内務省は、放射線測定をしていたドイツ気象庁に対し、情報を出さないよう通達しました。また野菜、キノコ、牛乳などの食べ物について、放射能の許容値を引き上げたのです。
・・・そっくりですよね?


「政府は何か隠している、私たちは見捨てられている、との気持ちがぬぐえなかった」「そのときの無力感は忘れることができない」と、スラーデクさんは言います。

「チェルノブイリ事故をきっかけに、政府や電力会社が対策を考えてくれるだろうと思っていました。…しかし、何も起こりません。変化を求めるなら、自分たちで始めなくてはならないと思いました」
こうして『原子力のない未来のための親の会』が発足しました。



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当時のメンバーには電力関係者は一人もおらず、原子力や環境問題についてなんの知識もありませんでした。けれど知りたい一心で、一生懸命勉強したそうです。そして、原発推進の根には電力のムダ遣いがあることに気づきます。

電力消費が減れば、原発への依存も減るはず…。生活の質を落とさずに、必要のない電力消費を減らす方法を考えました。
こまめに電気を消す、暖房をつけたら窓を開けない、料理をする時に鍋にフタをする…etc。 汚い服を着たり、冷たいご飯を食べたりする必要はない。
「親の会」はまず市民に省エネを呼びかけることから始めます。

一人で省エネしてもつまらない、みんなでやったらきっと楽しい!ということで、1988年より省エネコンテストを始めました。1等賞の商品はイタリアへのバス旅行。環境クイズではレストランの食事券がもらえました。
他にもさまざまなイベントを通じ、その合間にごく簡潔に省エネについて話す機会を設けました。こうして親の会は、徐々に人々の生活のなかに入り込んでいきました。こうしたシェーナウの活動は、メディアも注目し、新聞や雑誌は絶賛しました。


そしてこの頃、初めての壁に突き当ります。
エネルギー市場全体の構造を変えるには、法律を変えなくてはいけないと、連邦政府へ法改正を訴えました。しかし、ほとんどの政治家は取り合ってくれなかったのです。

スラーデクさんたちは考えました。
どうして失敗したんだろう? 何が悪かったんだろう…?
そして気づきました。やり方が間違っていたのだ、と。

ただ政府に訴えて、法律を変更してもらうことで世界が変わることを期待していたのだ。他力本願では、世界は変わらない。(p.43)


エネルギー市場を変えるには、お金の流れを変えなければいけない。
そこで『分散型エネルギー設備団体』を設立。この団体の目標は、エネルギーを節約し、すでにあるエネルギー源を最大限に活用推進すること。
出資者を募るのは困難かと考えていましたが、意外にも上手にプレゼンすれば、ちゃんとお金が集まることが分かりました。こうして市民自らエネルギーを供給するという構想が形づくられていきます。


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さて、当時のシェーナウ市の電力は、大手電力会社KWRがすべてを牛耳っていました。原発に出資し、原発の電力を扱うKWR。
メンバーたちは、シェーナウ市に対してだけでも環境に配慮した電力供給をしてくれないか、シェーナウを未来のエネルギーモデル都市にしてはどうか、とKWRに話し合いを求めました。
しかし、KWRは、市民の訴えを歯牙にもかけようとしませんでした。東電と同じく、当時独占だった電力会社の立場は、想像以上に強かったのです。KWRは言いました。
「わが社は電力を売って商売をしているんだ。営業妨害で訴えられないだけでもありがたいと思え」(p.47)


さて、ここからのスラーデクさんたちの活動が、すごいのです。
電力を供給できるのは自分たちしかいないという傲慢な態度の企業から、送電線を買い取り、自分たちで電気を供給しようというのです。

当然KWRは、そんなことをされてはたまらないので、送電線の価格をふっかけてきました。また、市との契約を一刻も早く取ろうとあの手この手で仕掛けてきます。
悪いことに、敵はKWRだけではありませんでした。当時の市長ベーラーは、なぜ素人から電気を買わなければいけないのだ、と言ったとか。


KWRか? シェーナウ電力会社か?
2度にわたる市民投票で、市民はシェーナウ電力会社を選びました。
しかし、せっかく市民が選んでくれても、送電線やら何やらで莫大なお金が必要です。送電線を買えなければ電力を供給できません。「買えるものなら買ってみろ」と、相変わらず上から目線のKWR。
……さて、どうするか?


みんなでいつものように赤ワインを飲みながら、考えたそうです。(ここで、ヘぇービールじゃないんだーと思ったのは私だけではないはず

全国のドイツ人に寄付を呼びかけたい。
それには、プロの広告代理店の力が必要だ。でもお金はない。無料で頼むしかない。……ダメ元で50社に手紙を書きました。こんな無理なお願いを聞いてくれる代理店などあるわけない。メンバーのみんながそう思っていました。返事さえ来ないだろう、と。

ところがどっこい!
事実は小説より奇なり。
なんと! 15社が協力を申し出てくれたのです!

その時のことをウルズラ・スラーデクさんはこう話しています。
「…このことを思い出すたびに、世の中自分の想像できないことが起こりうるのだと思います」(p.70)


続く


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コメント

  1. junemay | EVhn8Li.

    明けましておめでとうございます^^
    ツイッターやらフェイスブックに明け暮れていましたが
    またボチボ~チBLOGの方もUPしていこうかなと。
    亀さんよりものんびり速度ではありますが2013年どうぞ宜しくお願いいたします^^

    本、チェックしてみます。
    わたしが今住んでいるところはオール電化なので3・11以降非常に肩身の狭い思いではありますが(^^; よく家人ともソーラー発電にしたいよね、云々の話をしています。集合住宅なのでどうしても難しい話ではありますが。。。
    最近はフランス熱が少し上がってきて、育児の事ひとつ上げても日本とは違う良心的な部分が有り、日本という国はどうしたものかと考える事が多々あり。。。
    かと言って、じゃあ日本を脱出すればそれで良いのかと言ったらそうではなく、何処に住んでいてもそれぞれに大変な事は沢山あるのだから今いる場所で踏ん張っていくしかないんだよなぁ。。。と思いながらも。。。実際自分自身何も前進していない、みたいな(^^;

    おっと、新年早々、まとまりのない話をぐだぐだすみません。

    またお邪魔させて頂きます^^

    ( 17:18 [Edit] )

  2. ざざ | -

    >junemayさま♪

    こちらこそ明けましておめでとうございます^^

    おおっ、ブログ再開されますかぁ。楽しみにしてます。
    更新は、気が向いた時でいいですよね。
    私も最近そう悟りました。書きたい時だけ書く。もう年ですし(汗)

    ソーラー、考えますよね。
    うちは貸家なので簡単に変えられませんが、なるべくガスを使うようにはしています。

    > かと言って、じゃあ日本を脱出すればそれで良いのかと言ったらそうではなく、

    そうなんですよねー。
    いつか私は外国に住むことになるとは思うんですが(老後は最初からその予定)
    どこに住んでも私は日本人なのであり、日本からは逃れられないわけです。
    でも、国粋主義とはちょっと違うけれど、日本人として恥ずかしくないよう生きていきたいし、胸を張って日本という国を外国で語れるような国にしていきたいとは良く思うのです。
    それにはまず、どの国にも侵略していない、どの国にも迷惑をかけていないということが前提なのだがなぁ。


    おおっと!
    私もついつい愚痴を語ってしまいましたよ^^

    ブログのぞきにいきますね♪
    また今年もよろしくお願いいたします!

    ( 21:43 )

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