朝食抜き始めて12日目。体重なんと!2.2キロ減。
面白いように減っていくので、毎朝体重計に乗るのが楽しみで仕方ない。
嬉しくて思わず、連投報告しちまった。てへっ。


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パキスタン…と聞いて、人は何を思い浮かべるだろう。
私は、下痢、チャパティ、ムスリム、下痢、山、峠、下痢…。
パキスタンでは体調がすこぶる悪く、腐った物を食べても大概平気な別名「鉄の腹を持つ女」である私がなんと、下痢続きなんでした。
パキではホント、トイレに通った思い出しかない(号泣)。





忘れもしない、ラワールピンディーの宿で。
コレラかと思うかのような(その時は本当にコレラかと)米のとぎ汁系の下痢。
一晩中苦しんで、コレラでは死なない、脱水で死ぬのだ!と自分に言い聞かせ、そのへんにあったミネラルウォーターをちびちび飲んで、何とか死なずに済んだ。
しかし、朝起きた時修造が、ミネラルウォーターが減っているのを見て言った言葉を私は一生忘れない。
「ひっでぇーー!こんなに飲みやがって!
ミもフタもない。おお、神よ!
(しかも次の日予定どおり、夜行列車でクエッタまで行ったんだよっ。鬼っ!




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6月某日(土)晴れ時々雨 ペシャワールへ!

5時半起床。
台所でコソコソとメロンを平らげ、リキシャを拾っていざ。
7時半出発のはずが8時をとうに過ぎていた。が、これくらいは許そう。
A/Cがガンガン効いていて、シートも快適だ。2時間ほど快調にすっ飛ばし、ウツラウツラしていたら、乗客が何やら騒いでいる。イヤな予感的中。バスが故障したらしい。そこは何もない道路。灼熱地獄の真ん中に降ろされ(もちろん金は返却)途方に暮れた。
来るバス来るバス、満席。しかもピンディー行ばっか。頭はフラフラ。思考力なく、そのまま満席のミニバス(ピンディー行)に乗る。私はおばちゃん達の隣り。夫は斜め、と離ればなれ。
シートが狭い上に、ひっきりなしに人が行き来するから、縮こまっていなくてはならない。
おばちゃんはマンゴーを分けてくれたり、気を使ってくれたのだが、車掌やら周りのパキ人が縮こまっている私に同情してか、おばちゃんにもっと詰めてやれなどと言い出す。おばちゃんも気が強い人で、「もう限界だよ!」とか何とか言い返したのだろう。車内、しばらく騒然となる。
ウルドゥー語は分からないから、私はただひたすら恐縮して「ノープロブレムだよ私は…」と小声で言う。気が滅入った。そのうち見かねた紳士が2人、私と夫に、ここに座りなさいと席を譲ってくれた。あー安堵。アリガトウ。
途中どしゃ降りに見舞われたが、なんとか夕方5時過ぎピンディー着。しかしそこは町外れ。
スタックしたバスを呪いつつ、タクシーでペシャワール行のバス発着所まで行く。が一歩遅く、ミニバスはフル。又、待つ。もうヤケクソだ。疲労が高じてハイになっていた。
6時、バスが発車。色彩の乏しいパキの街を走る。なんでインドに比べて、こんなに暗い感じがするんだろうと考えたところ、広告量が格段に少ないことに気づく。インドの街はコークやら「Bye!Thirst!Hi!Limca」やら極彩ケバケバ神様やら、とにかく目につくもの全てカラフルだった。パキにはそれがない。
ただ、公営のバスはやたら派手だ。(屋根が丸くてイスラム風)
21:45ペシャワール着。アフガンとの国境なので、物騒だと聞いていたから、私はまた全身鎧の人となる。
宿はすぐ見つかった。空腹だった夫は、小雨降る人もまばらな街を、食堂求めてスタスタ歩く。
銃を持った警官がじっとこちらを見ていた。結局夜中の10時過ぎでは食堂など開いているわけもなく、諦めて戻ってきた。
最初のバスが故障したのが運のつき。宿のレベルも低いぞ。どーしたのだパキスタン。まだ楽しくないぞー。
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この日は結局、宿で、オムレツとチャパティとチャイをもらって食べました。
チャパティがあれば生きていけるなと確信。
パキスタンのチャパティは、インドのより格段に美味しかったです。



この頃は下痢続きで、外気温は40℃越えでしかも移動のバスがどれも満員…と、苦行のような旅でした。
体重も45キロを切った…と書いてあります。
ああ!この頃に戻りたい!
てか、もう一度体調万全な状態でパキスタンを回りたい!






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