病院で死の床を迎えようとしている父親の見舞いに行く列車内でこういう本を読む娘(=あたし)は心が冷たいのでせうか、とか思いつつ。


父はほとんど反応がなかった。まれにタイミングが合うと、頷くくらい。
苦しそうでもなく、ただスヤスヤ眠っているよう。
入っている管が、尿の管と点滴のみだったせいかもしれない。その点滴も血中のアンモニアを下げる目的で500mlのを1日1本入れるだけなので、夕方には終わって片付けられた。酸素もなく、心電図モニターも付いていなかった。


入院したときはむくみがひどくてねぇ…と母は言っていたけれど、今日見たところ足にもどこにもむくみはなく、強いて言えば腹に水がたまっているせいでそこが少し腫れてるかな?という程度。


形としては『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の中村仁一さんの推奨する「自然死」に近いのではないか、と思った。


父は、ずっと信頼のおける一人の先生に診てもらっていた。
治療を始めて4、5年くらい経つのか。一時は手術を勧められたが、ハッキリ断った。
内科的な治療を定期的にくり返してはいたが、それ以上の治療は望まなかった。
今年の秋に、初めてラジオ波の治療を悩んだ末に了承して受けた。が、それを機に、体調がみるみる悪化した。
「やっぱり本人が嫌だって言ったものはやるべきじゃないわね」と母。


それ以降は、入院していてもおかしくないような病状だったが、自宅で母がずっと付きっきりで看ていた。
肝性脳症(肝臓の機能が落ちると、意識障害が起こる)もあり、トイレも一人で行けない。目を離すと薬を大量に飲んでしまう。夜何か起こっていないかと、毎晩全然眠れなかった…と、母が言っていた。


父のことは、近くにいる父の息子たちが何やかやと気にはかけてくれていた。
医者なので、母も心強かったかもしれない。気になることがあればすぐ相談していたようだ。彼が介護保険の申請もし、ヘルパーさんをお願いできる手はずを整えたところでの再入院…。
まぁ、そういうこともあるだろう。


点滴1本で看取らせてくれようとしている、父の主治医の先生に感謝したい。
食道静脈瘤が破裂して、壮絶な死に方をする可能性もあった。もし手術をしていれば、体のあちこちに管を入れられ、食べられない日が何ヶ月も続いていたかもしれない。黄疸がすすみ、どす黒い顔を孫たちに見せなければならなかっただろう。
が、そうはならなかった。父はとてもキレイな顔をしていた。
父の我が儘を聞いて下さり(病院の儲けにならないことばかり希望して)本当に感謝。


むくみもなく、顔や体に1本の管も入っておらず、これぞ寿命という形で枯れていく父の姿は、たとえ自宅で死ねなくとも、こういう感じで死ねるなら悪くないなと思った。


この本の感想はまた後日。(長くなるので^^)



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しかし、毎回思うけど東京、人、大杉!!!
もう2度と山手線には乗らねーぞと思ったけど、3日後きっとまた乗ります。
トホホ。





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