ムスメ作
『青空にそびえ立つ松本城』





今オットが 猛烈に忙しい。


自営業者の忙しさは、もろに家庭に影響が出る。
作業場(工房)では間に合わず、家の中にまで、工具やら木材やら何だか分からない塗料やらが散乱していて足の踏み場もない状態。こないだなんか塗料と水溶き片栗粉がソックリなもんで、危うく料理に使いそうになったよ。あぶねー。


猫の手も借りたい…ということなので、春休みに入り毎日ヒマを持て余しているムスメがお手伝い。(報酬は好きな服を1着買ってあげるということだそう)これがなかなかスジが良く、塗装も予想以上にキレイに仕上げてくれたそうだ。器用貧乏のオットのDNAを確実に受け継いでいるな、ムスメ。


一方私はヒマかというと、そうでもない。家の中のこと、服や家具などの思い切った断捨離、畑の始動(そろそろ手をつけねば!)、役員の引き継ぎ、お別れする人への挨拶、新年度への準備などなど。
細かい用事がちょこちょこ出てくるので、気が抜けない。彼岸も過ぎてしまった。


それに加えてこの時期にいつも襲ってくる意欲喪失とめまいなどの体調不良。理由は分かっている。異動に伴う人の動きや環境の変化が私を不安にさせるのだ。昔はこんなことなかったのになぁ。意味もなく常に自信にあふれていて、新しいことが大好きで、環境の変化もプラスにしか捉えてなかった。若さってスバラシイ。


私なんて学歴・職歴も自慢できるものは何一つない。持ってる免許は普通自動車免許とMaster Scuba Diverのみ。40代で、子持ちで、外見も並より下。本当になんの価値もない。だから、今ここを追い出されたらきっとロスト・アイデンティティに打ちのめされる。今までの収入と生活レベルを考えると、次の仕事は何でもいいデスってわけにはいかないだろうから、おそらく確実に路頭に迷う。私が経営者だったら絶対に私を雇わないもの。




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先日、仕事上ちょっと思い入れのあった人のご家族から、丁重な御礼のお手紙を頂いた。もったいないくらいの私への感謝の言葉が、いくつも書き連ねられていた。こういうお手紙を私はけっこう頂く機会が多い。私自身は何もしていないのだけれど、もし私のしたことで誰かが慰められていたり、心が安らいでくれたのなら、それはそれでとても嬉しい。でも私はそんなたいそうな人間じゃないんです。こんなありがたいお手紙を頂ける価値のある人間でもない。ただただ年だけとって、端から見れば手際が良いように見えるだけ。安心感をもらえた、というのはきっとそういうことなんだろう。


ただ一つ言えることは、父を亡くしたことで、感情が揺さぶられることが多くなり、自分の心情を今不幸に見舞われている人に投影してしまうことが多くなった。共感過ぎるくらい共感してしまう。私の場合、今でも大きな「悔い」の念に苛まれている。親の最期は悔いのないように…と言うけれど、どうすれば良かったのか。仕事を辞めて最期の数ヶ月間、そばに居てやれたとしても、おそらく私の中に多かれ少なかれ「悔い」は残っただろう。どんなに介護して、一生懸命尽くしても、「悔い」は絶対に、残る。…と私は思う。「悔いのない看取り」なんて簡単にできないよ、と思う。


もっと出来ることはなかったのか。私は本当にベストを尽くしたのか。…考えればきりがない。
家族を犠牲にし、子どもと離れ、夫にも負担を強いて父のそばにずっと居たとしても、それはそれで苦しい。だからこそ、その時に自分が選んだ選択を、その時のベストな選択だったと割り切るしかない。


父が死んで3ヶ月経った今、「あれが私の精一杯だったんだ」と、少しずつ思えるようになった。
ここまではけっこうな葛藤があって、胃に穴が空くほど(空いてませんよ!)ツライ思いもした。
でも、ムスメは立派に卒業できたし、6年間続けた新体操もあと数回を残し区切りをつける。オットの事業も順調だ。私たち家族は8年かけて、地縁も血縁もないここ松本に、ようやく根を張って生活できるようにまでなった。


相変わらずドタバタしている毎日だけれど、生きていることに感謝し、また感謝されつつ、今日もムスメにご飯を作り、オットの話し相手になってやらねば。(笑)


………それが、私の人生(=生活)そのもの、だから。








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