昨日。
新宿南口で、男性が集団的自衛権に抗議して焼身自殺を図った。


BBCも、ニューヨークタイムズ電子版も大きな写真付きで報じ、米NBCもけっこう大きな扱いで「参戦方針に対する抗議の自殺」と報じた。なのに、、、
わが国のNHKが報じなかった……というのは本当なのだろうか?
(家にテレビがないというのは、こういう時に困るが、もし本当にNHKが意図的に報じなかったのであれば、そんなテレビなどなんの価値があるのかという話になるので、やっぱりテレビは私には必要ないのでした)


……いろいろな思いが頭をめぐった。


「抗議の焼身自殺」と聞いたとき、まず思い浮かべたのは、ベトナムの僧侶/ティック・クアン・ドックである。彼は、当時南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教弾圧に抗議して、サイゴンのアメリカ大使館の前で焼身自殺をした。1963年のこと。
絶命するまで、仏教の中で最も尊い座り方である蓮華坐を崩さなかった。その衝撃的な姿を、一度は目にしたことがあるはず。その彼の姿は、のちに世界を動かした。


思考はティック・クアン・ドック僧侶からベトナムへ。
そして、「殺すな」である。



    



DSC01864_convert_20140630141712.jpg実は今ちょうどたまたまこの本(→)を読んでいたものだから、ベトナムつながりで確か岡本太郎氏が文字を書いた反戦広告があったよな、と思い出したというワケ。


1967年4月3日、米ワシントンポスト紙に、紙面を丸ごと1ページを使った反戦広告が出された。
世はベトナム戦争さなかである。
そこには大きな字でたったひと言
「殺すな」

発起人は、いずみたく、鶴見俊輔、永六輔、岡本太郎、桑原武夫、淡谷のり子、小田実、久野収、城山三郎、開高健、松本清張、加藤芳郎、小松左京の13人。


「殺すな」という言葉は、「殺せ」という言葉に真っ向から対抗し、それを凌駕するほどのラディカルな意味合いを持っている。(ような気がする)
大量破壊兵器を持っているだの、独裁者を倒して民主化を支援するだの、「殺せ」は、何かと理由をつけて正当性をあおる。
それに対し「殺すな」は、「いついかなる理由があろうとも殺すな」という強固な意志をもった積極的な行動原理、なのだ。


この意見広告が出された背景など知らなくても、ピンと来るものを感じる。
日本語の分からない多数のアメリカ人にも、『KOROSUNA/DO NOT KILL』という言葉の持つ意味が伝わったようで、大きな反響があったとか。


べ平連が出したこの広告は、まさに今の日本にこそ必要なのではないか。


(中国を)殺せ、(韓国を)殺せ、アメリカの言うことを聞かないヤツを殺せ。
自衛でも何でもない、何の攻撃も受けていなくても、アメリカが軍事介入すればそこに行って「つるんでやっつける」集団的自衛権。
「殺せ」が正当化する風潮が、高まりつつある。
このままでは、今の若者たちに「殺せ」が義務づけられる日が来る。
それに真っ向から「殺すな!」と言っていかなければ。



  ten3141.jpg




新宿での焼身自殺について、北海道の小野寺某とかいう自民党議員が「公衆の場での迷惑極まりない行為であり、明らかに犯罪だ」とツイートしたらしい。


ティック・クアン・ドックの焼身自殺の時も、リチャード・ニクソンは「共産主義者のプロパガンダの一環」と批判し、ジエム大統領の義妹であるマダム・ヌーが「あんなもの、単なる人間バーベキューよ」とアメリカのテレビで語った。


焼身自殺(ティック・クアン・ドックの関係者はこれを焼身供養と言っているそうだ)がどれほどの強い決意のもとで実行されたか。
軽々しく「迷惑きわまりない」などと言ってしまう輩に伝わるべくもないが、同時に、そういう手段を持ってしか世の中を変えられないのだとしたら、私たちは、気の遠くなるほどの苦しみをもって抗議を示した人たちの意に報いることが出来るよう今こそ行動せねばならない。


そう、殺すな、である。








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