ムスメがいじめを受けていることを打ち明けてくれた翌日。


担任と、部活の顧問の先生のお二人に、一緒に面談を申し込んだ。
(個々でも良かったのだが、こちらも多忙の身。そう何回も学校に行けないし、できれば担任と顧問の先生の間で、事前に情報を共有しておいて欲しいという希望もあったので。)


学校へは、修造(夫)に行ってもらうことにした。
本当は私が行きたかったのだが、冷静な話し合いをしたいというのと、修造が部活の顧問の先生に直接確かめたいことがあったこと、その他もろもろの理由で父親が出向いたほうが何かと都合がいいのでは…という考えもあり、そうした。


結果、それが正しかった。
なんだかんだ言っても、この国は男尊女卑の精神が根付いている。
学校だって、例外じゃないだろう。
母親の100言より父親のひと言のほうが効く場合も多いのだ。
ホント、この時ばかりは修造がムスメの父親で良かったと思ったよ。
自分は関わりたくないと 母親任せの父親なんてゴマンといそうでしょ。


学校側は、きちんと対処してくれた。


担任の先生は、アンケートや他の生徒からの聞き取りで、A君のことを把握していた。
顧問の先生は、朝一番でムスメに声をかけて下さり、部活内できちんと話し合うことを約束してくれた。
ムスメが唯一出した具体的な要望=席替え は、その日のうちに行われた。
そしてA君は、先生の前でもう一度ムスメに謝り、今後2度とキモイだのウザイだの言わないと誓った。


(その夜、A君のお母さんから電話があり、全く知らなかった、以後気をつけます、きちんと言い聞かせます、申し訳ありませんでしたと丁重に謝られた。きちんとした親御さんで良かった。A君にとってもいろいろあった一日だったろう。)


・・・・・その後。


実は、私の中で、言いようのない不安がまだ渦巻いている。
ムスメはまだ口数が少ない。
親が先生と話したことで、自分がいじめられているということが公になってしまった…という思いもあるのかもしれない。(これは私の推測)
前回、謝罪のあといじめが一段とエスカレートした経緯があるため、警戒している風もある。
とにかく、どこかいつも緊張の糸をぴんと張りつめたような顔をしているのだ。


それほどまでに、いじめというのは被害者の心に大きな傷跡を残すのだ。
いじめを受けていた数ヶ月間、どんなにつらかったろう。
どれだけ私の知らないところで、泣いていたんだろう。
でもエラかった。ムスメは何とかそれに耐え、限界ギリギリになるまで自分で解決しようとしていた。(本当はそこまで待たなくていいんだけどね)


親にも なかなか言えなかったんだね……と、先生に言われたと。


今回の件で、私からムスメに何回も言ったこと。
つらいことがあったり、いじめを受けたり見たりした時は、すぐ相談して欲しいこと。
私と修造は、何があってもあなたの味方だということ。
担任の先生だけでなく、顧問の先生や養護の先生、校長先生でもいい、学校にはあなたの味方になってくれる大人がいっぱいいるのだということ。
なんなら、無理して学校に行かなくてもいいということ。
最悪の場合は、転校することもできるし、いじめっこの手の届かない遠くに引っ越すことも可能だということ。(←これを言った時は表情がパッと輝く)




まだあれ(面談)からいくらも経っていないので、いじめが本当になくなったかは分からない。
実際は、水面下でまだ続いているのかもしれない。
あるいは、ターゲットが変わるだけで、永遠に繰り返されるのかもしれない。
次の子は、ちゃんと親や先生に助けを求めることができるだろうか…。






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コメント

  1. ぴろせ しのぶ | -

    それは

    とてもつらかった・・・。心が痛みます。

    言葉の暴力ってものすごくつらいから。

    私は歯並びが今でも悪いです。小学校の時「笑うと気持ち悪い」って笑って走って友達に逃げられたことがあります。そう言った子は私の友達の友達。私の友達はそれに便乗して走って逃げました。私はそのことがすごくショックでしばらく笑えなくなりました。でも笑わない私に気づいていた他の友達がいました。なにかの拍子に思わず私が久々笑ってしまって、それを見ていたその友達が

    「しのぶちゃん、すごくいい笑顔」

    って言ってくれたのです。あの友達の言葉、涙が出るほどうれしかった。友達に傷つけられ友達に救われました。娘殿のところに遊びにきてくれた子たちが救いになると信じています。


    逃げた友達、今でも腐れ縁で仲良しです。私に気持ち悪いといった子、あの子とはそれ以来どうしても体が拒否して二度と会えないでいます。何十年たっても傷は残ってます。

    ( 22:58 )

  2. ざざ | -

    Re: それは

    つらかったと思います。
    3分の1から半数の子がいじめに加担した状態を「末期」というらしいですが
    20数人しかいないクラスで、5、6人が加担していたので、あれはもう「末期」と捉えてよかったのではと思います。
    もう少しで手遅れになるところでした。


    たぶん、実情はもっとひどかったのではないかと。
    ムスメいわく「半分も言えてない」そうなので。
    いじめを告白するってのは、つらい記憶を呼び覚ますことなので、子どもにとってもの凄くハードルが高いことのようです。


    私も小4の時、いじめに遭っていましたが、今でもそいつのことは許せません。
    道端であったら何かひと言言ってしまうかもしれない(笑)。
    いじめで受けた傷って、何十年経っても癒えないものですね。


    夏休みに入ったので、今日はわりと明るく過ごしていました。
    「学校行かなくていいなんてサイコー!」とか言ってましたもん。


    いじめ問題、もう少し引っ張ります。


    コメントありがとうございました♪

    ( 03:04 )

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