今年の畑のテーマは「パーマカルチャー」
多種の作物を少量ずつ、空間的、時間的に集約して栽培する
「循環型の有機栽培」を基本としているので、農薬や化学肥料は使わず、コンパニオンプランツや自宅で作った堆肥を利用する、など。





明らかに勉強不足なうえ、気ばかり焦っているものだから、パーマカルチャーの理念から外れている箇所もあるかもしれないが、初年度なので大目に見ることとする。


コンパニオンプランツと植物の相性などから、大まかに書いてみたレイアウトがこれ。


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マリーゴールドなどの花は書いていないが、随時植える予定。
逆L時型の畝のうえの空いているスペースは、抜いた草や一時発酵済みの堆肥を置く場所にする。ここでミミズと一緒に土を作りながら、畝に足していくつもりでいる。まさに循環型!


不足しているキュウリなどのタネは今、野口のタネさんに注文中なので、これで全部ではないが、今年度の手持ちのタネはすべてここにある↓


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作物別ではなく、タネまきの時期別に付箋を貼り、手前から順番に並べてある。
直播きポット蒔きは、付箋の色を変えてみた。
タネまきの時期は、すべて「冷涼地」を基準に。当たり前だが。


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タネは小さいうえ、袋から出してしまうとどれがどれだが分からなくなるので、こうしてビニールの小分け袋に入れてマジックで記入し、袋に入れている。
いざ畑で、いろんな野菜のタネを蒔くときに、本当にどれだかわからなくなるんだよ私は。



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来年度、私が、町内会の役員を引き受けることにいつの間にか内定していたようで(うちはあらゆる役員をやってきたので来年度くらいはご辞退申し上げてもバチは当たらないと思うのだがね)うんざりしながらも一度は内諾したのだが、結局辞退させていただくことになった。これが昨日の話。


というのも、前町会長さんが何というか、やや問題のある方で、過去に起こしたある問題について一切謝罪をしていないこと、それを修造が問題視していること、そのため再度それに関して彼に意思を確認したところ、謝罪するつもりはないと明言されたため、ではこちらとしても町内会が起こした問題を看過するわけにはいかないので、協力は辞退させていただきますということになった。


町会が起こした問題は詳しく書きたいが、本当にヒドイ話なのだ。
数年前、町内のある空き家に、とある子どもの施設が入ることになった。
施設側は、家主や周りの家にも挨拶をすませ、正式な手続きをとってすすめていた。そこに何の問題もなかったはずだった。


なのにある日、親や子どもたちが古家を一生懸命掃除しているところにいきなり前町会長が怒鳴り込んできたのだ。
誰の許可をとってこんなことをしているんだ!今すぐやめて出て行け!!と。


子どもたちは怯えるし、親や先生は何が何だかワケが分からないし唖然…という状況だったらしい。その後全貌が明らかになったのだが、要は「子どものための施設を町内に作るのを許すな!」という例の差別です。
全国で、保育園建設のネックとなっている「子供はうるさい」「保育園建設反対!」の声と同じ。


これは結局、市の問題として市長にまでいったものの、問題は問題として取り上げられることなく、施設側は理不尽な理由でその場所を諦めざるを得なくなった。
もちろん町会の規定や規則の中に、児童施設の導入に反対するなどという文言は一切ない。
個人の偏見と身勝手な理由から、子供たちを追い出したのだ


ドイツでは2011年「子どもの声を騒音としない」とする法改正が可決された。

「子どもの発する騒音は、自明な子どもの成長の表現として、かつ、子どもの正当な発達の可能性を保護するものとして、原則として社会的相当性があり、したがって受忍限度内である」(ベルリン州イミシオン防止法6条1項)


同じ敗戦国なのに、どうしてこうも違うのか。
いつも、いつも思い知らされる。
ドイツは成熟した立派なオトナで、日本はいまだ12歳の子どもだ。



この町内会の「児童施設追い出し事件」は、役人の腐った部分も浮き上がらせたことで、子どもを持つ働く親を心底失望させた。
終わった話ではない。
これは町内の問題ではなく、日本全体の問題なのだ。
本当にそう思う。



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いろいろ気になるニュースがありゆっくり書こうと思ったが、落ちつかなくてそれどころじゃない気分。
自分が受ける(試験)わけでもないのに。困ったもんだ。


とりあえず一緒に受ける友達との待ち合わせ場所までは送っていったぞー。
あとは信じるのみ!


…写真のはチョコレートコスモス。
シックで大人の雰囲気が好き。
茎が針金のように細くて、ヒョロってなってるのもいい。




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昨日ベタ掛けを外した日本ほうれん草。
たった1日で(たぶん)鳥さんに全部やられてしまった。とほほ。





今日は、畝を大ざっぱに作ってみた。
E型、L型、真ん中に堆肥作りのスペースなど。
何を植えるかはまだ決めていない。
小石をとりのぞき、苦土石灰をすき込み、自家製堆肥と米ぬかもすき込み、それでは足りないので、いつもの「土乃守(つちのまもり)」も20kg混ぜた。


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土乃守は、1坪につき5kgと書いてあった。
この畑はだいたい10坪なので、あと30kg(1袋半)必要だ。
次の休みにまた市場で仕入れてこよう。


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同じ畑のおばさまと立ち話。
休まず鍬をふってる私を見て、「やっぱり若い人は違いますねえ」とおっしゃって下さった。若いだなんて、、、おほほ。


畑はたいへんだけど、ここに来て土を触ってるとなんだか落ち着くのよねえ…ともおっしゃっていた。
そうそう!私もなんです!
なんででしょうねえ。
今年は頑張ります。またよろしくお願いしますと言って別れた。


野菜作りも、突き詰めていくと最後には、福岡正信さんの推奨する自然農法に行きつくような気がする。
耕さない、雑草を抜かない、肥料もやらない。
自然に身を委ねる形で、自分もそのサイクルの中に入れてもらう、というか。


ま、趣味でやってる畑だ。
いろいろトライして、失敗して、学んでいこう。
今年はパーマカルチャーがテーマ。
少しずつ、少しずつ。





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市民農園も早6年目に突入した。





今日は修造をお供に、土起こしの作業をば。
(この作業だけは一人でやるとツライのでね)


森友学園のことや首相夫人は公人か私人か?の話、春の人事や最近のムスメの動向など、たわいもないことを話ながらの作業だった。


手を動かしながら感じたのは、15時すぎても寒くない!ってこと。
春なので風はやや強かったが、薄手のシャツ1枚で作業できた。
春はすぐそこだ!(とても嬉しい)


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唯一生き残っていたのは、日本ほうれん草
これはベタ掛けしてあったので、霜にやられなかったのかもしれない。
モロヘイヤの種だけは残っていたので採っておく。


その他の野菜の残骸は、パキッパキに枯れて乾燥していたので、そのまま土に混ぜ込んどいた。連作などの危険が増えるかなとも思ったが、毎年畝のレイアウト自体を変えているし、結局ぜんぶ土を一緒くたに耕すので問題ないかと。


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雑草などもそのまま畝のあいだに寄せておけば、腐植していい肥料になる。…と知ったのが最近でして。ここ1、2年そうやっているが、土がふかふかになるのを見て、なんで最初からこうしなかったのだろうと後悔した。無知はコワイ。それまで雑草は全部抜いて捨てていたからね。



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今年はこれらの本を読んで勉強し、パーマカルチャーの要素を取り入れた畑を作ってみようかなと考えている。


庭のコンポストでも、良い堆肥が出来上がっているから持ってこよう。
ミミズはダンボールが好物のようだから、ぜひ取り入れたい。
コンパニオンプランツにもトライしてみよう。
畝(うね)の形も、E型やキーホール型、背の高い野菜は、両サイドに生垣型にして植えたらどうだろう。
風向きも考えなくっちゃ。
お隣りさんとの兼ね合いもあるぞ。
………etc、etc。



楽しくなってきた。o(≧ω≦)o




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そろそろこの本の感想を書かねばなるまい。



夫のちんぽが入らない


しかし、あれだ。
「ちんぽ」という単語は、この本のおかげで完全に市民権を得た気がする。

本屋のカウンターで予約をし、届きましたの電話連絡のお姉さんの声。
「ご予約いただいておりました夫の…えー、(意を決したかのように)はい!ちんぽが入らないがですね、ご用意できましたあ」
…タイトルは言わなくてもいいですよと伝えておいたが、律儀な店員さんだ。
すまぬ。

こないだその本屋に行ったら、数冊ほど置いてありました。
「お探しの本はこちらです!!」のポップとともに。


          kinoko10.gif イラストに他意はありませんて



この本を読んで「なんで入らないの?」とか「病院に行けばいいのに」とか「夫婦なのにオカシイ」とか言う人と、私は友達になれないなあ。
だって、そういうことじゃないんだもの。


ちんぽ = 入るもの 
夫婦  = 入って当たり前



結婚したら子どもを持つのが当たり前で、夫婦は入ってこそ幸せなのよという方たちに向けてこそ、この本の真のメッセージが生きてくる。
たまたまこの本では「入らない」というのが軸になっているけれど、100組の夫婦がいれば100個の夫婦の形というものがあるわけで、「入らない問題」に匹敵するか、あるいはそれ以上の深刻なモンダイを、100組の夫婦は抱えながら今日も生きているのかもしれない。


というか、現実そうじゃないか?
何が普通かと問われれば、普通なんかないのだと答えるしかない。
ひっそりと抱え込んだ問題なら うちにだってある。
そっちのほうが「普通」なのではないか。


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読み終えた後、まず最初に思ったのは、
ああ、「私」さんはこんな大きな問題を抱えて生きてこられたのだなということ。
事情も知らぬ他人からの無神経な言葉に どれだけ傷ついてきたんだろう。


次に思ったのは、ジャガー横田の逞しさをとうとうと説く保険外交員のおばさんのように、自分も知らず知らずのうちに他人を傷つけてはいないかということ。
結婚はいいよー、高齢出産も悪くないよー♪
自分にとってそれがたまたま良かったとしても、他の人にそれが当てはまるはずもないのに。
きっと無意識に言っちゃってるなぁ私…。ああ、言ってるわ。


逆に、「子どもは絶対2人以上産んだ方がいい」とか「高齢出産は卵子も年取ってるからよくない」とか、実際に面と向かって言われたこと、何度もある。
みんな自分の生き方を正当化したいがために 他人をその型に当てはめようとする。
私もしかり。
いかにもそれが「ふつう」なんだという顔をして。


          
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最後に、「私」さんの夫さんへの深い愛情に感動したこと。


チーズフォンデュのエピソードや、夫さんが目をかけていた教え子のためにあつあつのご飯で鮭のおにぎりを作るところや、「あの人子どもいないから人の気持ちが分からないんだよ」という同僚の会話を聞きながら、「ふと、夫も職場で同じようなことを言われているのではないかと想像して悲しくなった」(p.187)など、随所に愛を感じて胸が熱くなる。本全体に愛が、あふれている。
ああ、素敵なご夫婦だなあ…。


夫さんのために迷いなく車を走らせチーズフォンデュの材料一式を買いに行ったり、『夫の大事にしている仕事や教え子が、自分にとっても同じくらい大事なものになった』なんて、あなた、言えますか? 私も夫を愛しているけど、正直そこまでではない。



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「私」が実母と二人で義実家に謝りに行くシーン。
お宅の後継ぎを産んであげることができず、本当に申し訳ありませんと頭を下げる母。困惑する義父と義母。
もう本当やめてあげて!と叫びそうになる。


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…食べることだけに集中した。いくら、うに。今、動きを止めると、涙がこぼれ落ちてしまう。目を大きく開き、大げさに噛む。顔の筋肉をいっぱい使う。私の器官が悲しい信号を受け取ってしまわぬように。いくら、いくら、いくら。…(p.167)
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そして最後の3ページ。
ほとんどの人は、ここでこだまさんの文章力に圧倒されるだろう。


この本に出会って、私は今までの自分の無神経さに腹が立ったし、今後二度と人の人生に軽々しく(冗談でも)それは違うよなどと言わないと誓った。
「入らない」ことが問題なのではなくて、「入らない」人たちに寛容でない世間の目こそが問題なのだと。



            kinoko06.gif キングやな。



話はいきなり変わるが、奇しくもちょうど今出ているE KISSという雑誌に、「入らない」に関連した内容のマンガが掲載されている。
あの『逃げるが恥だが役に立つ』の番外編、百合ちゃんと風見さんのその後のお話。


いい感じで付き合いだした二人だが、百合ちゃんはご存知高齢処女。
順調に愛を育み、いざお泊まりとなった時なんと!入らなかったのです。


詳しくはこちらに紹介されているので見てください。(ネタバレ注意)
  ↓  ↓  ↓
最新話!番外編・逃げるは恥だが役に立つ【感想・ネタバレ】(E KISS)
http://kojimangavip.com/2017/02/nigehajibangaihen/


その時の風見さんのセリフにキュンときます。
実は処女だと打ち明ける百合ちゃんに


風見『だからたぶん 僕は好きな人と肌が触れ合ったりじゃれあったり 幸せな気持ちになることの方が好きなんだと思います。』

『だから朝まで一緒にいてください 入っても入らなくてもいいし あと…』



行為そのものではなく、問題は“相手の気持ち”。
入っても入らなくてもいい。風見さんの気持ちが分かっただけで十分。
実際、入らなかった時の百合ちゃんはとても幸せそうな顔をしていました。


幸せの形はいろいろあって、それは当人にしか分からないことなので、周りがとやかく言うなということ。
当人がふっ切れているならいいけれど、さんざん悩んだり苦しんでいる人にとっては、他人を基準にしたアドバイスなど大きなお世話というもの。


多様性を認めるというのは、ひいては世界平和につながるものだ、と私は信じている。
ムスリムがテロリストだとなぜ決めつけるのか。
ちんぽが入らない=不幸 だと誰が決めたのか。根底は同じだ。
じゃあLGBTの人はどうなんだ?って話。
自分の周りだけが「普通」だと思うのは、とても危険なことだ。
私も以後、気をつけます。



最後に。
この本を世間に出すべく尽力して下さった方々に敬意を表します。
私には、声が届きましたことを、ここにご報告申し上げます。
(「私の声、届くだろうか」というこだまさんの一文に答えて)
いい本を ありがとうございました。



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